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ここはどこだろう。

 目を開けるとどこまでも真っ白な世界に私は飲まれていた。
 天にも地にも果てはなく、私はその世界の中に浮かんでいるようだった。
 ふと視線を移すと私が身につけているものもいつもの制服ではなく、真っ白なワンピースになっていた。こんな服持っていた記憶はないのに。
 記憶はないと言えば、私はこんな非現実的な空間に来た記憶ももっていない。いや来たも何もないだろう。どこまでも真っ白な世界など現実には存在しないのだから。
 では私は何故ここにいるのだろう。そしてここはどこなのだろう。
 急に恐くなり、背筋が寒くなるのを感じた。足元から体がガクガク震えるのが分かる。 
 ここはどこなのだろう。

「――ここは天界だよ」

 綺麗な声がした。
 女性の声だが女性というより少女に近い不思議と心地よい声。
 声の方に振り返ると声どおりの女性のようで少女のような年代の曖昧な女が立っていた。
 女の顔は美人揃いの一家に生まれ、蝶よ花よと育てられてきた私でもぞっとするくらい綺麗だった。人の美しさというより、神や天使、天女とかそういった部類の綺麗さだ。
 ああそれこそこれこそが天女なのだろうか。 女その美しい唇に微笑みの形をとって、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

「そんな恐がらなくていいよ――私も、君と同じだ」
「同じ?」
「言ったろここは天界、私も君も、同じ死人なのさ」
「私が死んでる……?」

 この女は何を言っているのだろう。私は自分の顔が険しくなるのを感じた。
 私には外傷もない。欠けてる部分もない。健康体そのものだ。その私が死んでるなどありえないだろう。
 女は私の顔から感情を悟ったのか小さく笑い声をあげた。

「ふふふっ信じられないといった顔だね。まあ来たばかりじゃ自分が死んだなんて信じられないだろうけど、でも多分すぐに思い出せるよ」
「私は死んでなんていないのに何を言ってるの?何を思い出すと言うの?」
 
 そう聞くと女はステップを踏むように鼻先がつきそうになる距離まで近づいてきた。
 女の不思議な色の瞳に、私の姿が映っている。

「君の記憶さ――死んだときのね」

 女はさらに唇を歪める。

――碧っ

 そのとき背筋にぞくっと不快な感覚が走った。そのまま私の頭に何かが流れてくる感覚がする。映像、音、すべてが入り乱れて私の頭に入ってくる。

「あっ……あっ……ああああああああ」
「思い出したようだね」

 女は手を回し、私の体を支えた。

 母の顔が見えた。同級生や、あの男、警官――そして真っ黒な祈祷師。
 これが思い出すという感覚ならば、なんて気持ち悪いのだろう。私は真っ白いこの空間に胃の内容物をぶちまけてやりたくなったが、そんなもの私の胃には入ってなかった。
 目に激痛がはしり、私は女に必死に掴まってもがく。
 触れた女の体は冷たくも暖かくもなかった。
 



 数秒、数分、数時間、時間がいくらかかったなんて体感では分からなかった。
 映像も激痛も止まり、私はようやく自己を取り戻した。
 そして――私はすべて思い出した。
 サバトに集めた乙女たち、侍らせていた奴隷、暴かれた本性、自己を抑えられなくなった自分、怯えて見ていた密告者、最後に見えた杭。

「私は死んだのね」

 そう言うと体を支えていた女はまるで母のように慈愛に満ちた笑顔を少女の顔に浮かべた。
 
「最初に言っただろう」
「あなたはだれ?」

 不思議なことに激痛で霞んだ目には女の手足がないように見えた。不思議な話だ。触っているというのに。
 女はしばらく間を置いて答えた。


「地に落とされた天女さ」

 
 ああならば羽衣は見えぬ手足だろうか



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