小説 | ナノ
「担任、俺は貴女を愛している」
何故言ってしまったんだろう、そう後悔するのはいつも後。出てしまった言葉を引っ込めることなどできるはずもないのに、そのまま脊髄から言葉をつむいでしまったことを呪う。
答えなど、聞かなくても分かっているのに。
「つ、翼君」
名前を呼ぶ声はかすかに震えている。つらいのだろうか。俺の気持ちを考えてか、それとも言葉をつむぐことがか。
――言わなくていい。俺はわかってるんだ――
そう言ってやれればいいのに、万が一の可能性を考えてか答えを待っている自分がいる。卑怯ですね貴方はとどこかで永田が笑った気がした。そう、卑怯だ。
そんな卑怯な俺に対しても、目の前の女性は真剣に向き合って、悩んで、そして――
頭を下げた。
「ごめんなさい。貴方の気持ちにはこたえられない」
ゆっくりとあげた顔には迷いはなく、言葉をつむぐ声も先ほどのような弱弱しさはなかった。
ふられているのに見惚れてしまう、彼女はやはり綺麗なのだと思い知らされる。
「それは、俺が生徒だからか?」
分かっているのに聞いてしまう俺に、そのまま彼女は小さく首をよこに振る。
「いいえ。私にはもう心に決めた人がいる。だから今翼君が高校生でも大人でも私の生徒でもそうじゃなくても、貴方の気持ちにこたえることはできないの。ごめんなさい」
またそう言って頭を下げる彼女を前に、ここいるのは先生と生徒ではなく、ふった女とふられた男に変化する。
それは俺が完璧にふられたことと同時に、彼女が俺に向き合ってくれたことを意味していた。
やっぱりこの人が愛しいと思い、まださらに好きになれることに思わず笑った。ふられたばかりなのにどんどん魅力に気付いてしまう。
だから
「担任がこの俺をふるなど、オコガマしい真似をすることなどとうに予想はできていた」
俺の思いにケリをつけるために。
「だからな、担任。俺の頼みを一つ聞け」
ワガママを一つだけ言わせて欲しい。
「頼み?」
「ああ」
担任が気にしないように、俺はなるべくいつもの傲慢な俺をふるまおう。
「俺は今からお前にウェディングドレスを送る。お前のサイズに合わせた最高のものだ。お前はそれを着て結婚式に出ろ」
「は!?」
思わず大きな声を出して、よっぽど予想もしていなかった頼みなのか、凛とした雰囲気が消えいつもの彼女の雰囲気に戻る。目は驚いて丸くなってはいるが、さきほどよりよっぽどらしい。
担任は悪いが、やっぱり少し困った顔の方が安心する。
「そんな高い物受け取れないわ!っていうか何でそうなるのよ!?」
「クックック……ハッハッハ……ハーハッハッハッハ!!お前に拒否権があると思うなよ担任!この俺がそう決めた以上覆せると思うなよハーハッハッハッハ!!」
なあ、担任。
一番幸せなときのお前を俺の手で飾りたい。
一番綺麗なときのお前を俺の手で飾ってやりたい。
隣にいるのは俺じゃないのは分かってる。
きっと幸せで綺麗に輝いてるお前を見るときに訪れるのは、悔しい思いでいっぱいになるんだろうな。
だけど汚い気持ちで終わらせたくない。
少しだけ満足感が欲しいんだ。
それが俺のワガママ。
一番綺麗なお前がほかの人に微笑むのを、ケリをつけて「おめでとう」って言えるように。
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