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※知盛死亡後
※十六夜記とか完全無視



 海上に浮かぶ無数の船。そのうちの1艘で、少女の咽び泣く声があがった。獣の遠吠えのように突如あがったその声は戦場を瞬く間に支配した。
『悲しみ』
声から伝わるその感情が戦場に広がり、戦っていた者たちの動きを鈍らせた。だが少女の声はすぐにやみ、一瞬の静けさを残して、再び海上はすぐに戦場と化した。

 声をあげるのをやめただけで少女はいまだに泣いていた。その震える両肩を抱きしめて慰められる者などいなかった。かける声など見つからずに、仲間達はただただ戸惑っていた。
 先ほどまで血に染まっていた海は彼の人の生きていた証を消すかのようにもうただの水面に戻っていた。その水面に望美は頬を伝う液体をおとし、それでおきる波紋を見つめていた。
 何故いまさら気付いてしまったのだろう、本当いまさら。いまさら。もう少し前に気付いていたら、この思いを伝えられたのに。そう思うと目から流れる物は止まることなどなかった。今その身を支配するのは喪失感と後悔だけだった。
「望美……」
ようやく声をかけてきた朔を望美はとりあえず涙はぬぐったが、いまだ生気帰らぬうつろな目で見つめた。
「好きだったの?」
 そう聞く朔に望美は静かにうなずいた。
「今気付いたの」
「今?」
「そう、知盛か死んで初めて気付いた。知盛と切りあっていやな気しかしなくて、知盛が笑ったときまずいって思って、落ちてく姿を見てやっと気付いた。好きだって」
 またあふれ出していく涙をぬぐいもせず、語る望美を朔は静かに抱きしめた。
 何も言わない朔を最初は望美は驚いたような目で見ていたが、そのまままた静かに泣いた。

 朔は思う。知盛はずるいと。
 こんな女の子に思われているのが分っているのに、その芽吹いた思いを自分が生きているうちには咲かせず、こんな形で咲かせるなんて。
 ずるい。卑怯だ。いっそ望美の想いを摘んでから消えてくれればよかったのに。
 でもそう知盛を悪く言ったところで、望美の想いは止まらないだろう、ということも朔は知っていた。かつて自分がそうだったから。
 だからこそ朔は望美を強く強く抱きしめた。心が壊れてしまわぬように。壊れても決してその欠片が散らないように。
 一度咲いた花が誰にも摘み取れないことは、朔が一番知っていたから。



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