小説 | ナノ
奴隷戦争が終わり、結果は奴隷軍が勝利した。それで世界はわずかにでも変わるかと思われたが、奴隷軍の大将である紫色の狼の逃走により、うやむやとなってしまった。
残されたのは、若いうちに死んでしまった可哀想な王子の記録と、軍を捨てて逃げ去った大将への罵倒だけだった。
そして私は戦争が終わった今、奴隷でも将でもなく何もなくなったヒトとして喧騒の中を生きている。
***
「そして我が国、アルカディアの王子レオンティウス様は〜」
今日も無名の詩人があの王子の話を謡っている。
父王が殺され、悲しみのうちに王位を即位したがすぐに奴隷達の反抗にあい、そして殺されてしまった若き王子の実話は腕のない詩人でも上手く聞こえるからだろう。
大したことのないその詩人の詩に多くの民衆が涙を流していた。
「レオンティウス様は優しい方だったのよ」
「私、見たことがあるわ。とても素敵な方だったわ」
「あたし、王宮の侍女だったんだけど、手を差し伸べてくださったときもあったわ」
「まあ……」
(馬鹿馬鹿しい……奴隷をそのままにしておいて何が悲劇の王子だ。何が優しき王子だ)
口々に王子の話をする民衆達にそう罵ることも出来ず、心の中でそう悪態をついた。
彼らにとって奴隷軍など王国を滅ぼそうとした悪者にすぎないのだ。別に民衆の反抗を買うのは恐ろしくもなかったが、面倒だった。そんな気力など持ち合わせていなかった。
さっさと不愉快な詩人の歌声を払ってしまいたくて、早足で歩いた。目的地などあるわけもなく、足は気の向くままただただ歩く。
だがどんなに歩いても、たくさんの詩人が口にする不愉快な詩が耳に入る。そのせいでイラつく足取りはどんどん速くなっていく。無意識に走ってしまいそうになる。
「なんか気にいらなかったことがあったのかい?」
突然声をかけられ、振り向くと骨董品の類を売っている商人がにやにやと笑ってこちらを見ていた。
「なんだ?」
片眉をあげて尋ねると商人はくくくっと笑った。
「そんな恐い顔をなさんな。折角の男前が台無しだぜえ?何か気にいらないことがあったんだろう?そういう顔をしている」
「貴様には関係ないだろう」
「だからそんな冷たくすんなって!当ててやるよそうだなぁあんたがイライラしてるのは――今流行の詩だろ」
こんな男に見抜けたことに目を見開いていると、男は愉快そう口を開いた。
「今の詩はなにも知らない国民にとってはお涙頂戴のいい話だが、奴隷軍側の人間にとっては虫の居所が悪いよなぁ」
「私が奴隷軍側の人間とは限らないだろう」
「俺ちょっと前は武器商人やってたからよう、あんたのこと見たことあるぜ、オルフ様」
そう言われはっとし、男の顔をまじまじと見てみると確かに見覚えがある気がする。アメティストスの武器をよく研ぎに来ていた男の顔だった。
「ははっわかんなかったかい?まあ俺も大分変わったしなあ」
「ああ…覚えてませんでした……すいません。まさか普通の商人になってるとは……」
「戦争がなければ武器商人はいらねえからなぁ。ところでオルフ様は今何やってるんだい?」
男の質問に答えられるようなことは思いつかなかった。戦争後の自分は放浪中に等しい。嘘をつくことも躊躇われたのでたた「なにも」とだけ答えた。
すると男は「そうかあ!」と呟きまた屈託のない笑顔を見せ、店の奥に引っ込んだ。
こちらがきょとん、としていると1分もたたないうちに男は大きな風呂敷袋とともにもどってきた。
男はにこにこしたまま風呂敷袋を開くと、店頭に並んでるものより少し上等な楽器、壷、衣服などがごろごろと出てきた。
「これは……?」
「ここで会ったのもなにかの縁だ!何でもいいから一個持っていけよ!」
「えっ!?そんな私からは何も渡せないのに……」
「いいからいいから!」
屈託のないその笑顔を見てるとここで断るのは悪いと思い、商品をひとつひとつ眺める。
服や壷はこれから生活していく末に邪魔だと思うし、絵とかも正直どれがいいのか分からない。悩んでいるなかひとつの竪琴が目にとまった。
――オルフ!お前は竪琴が上手いなあ。この戦が終わったら詩人になればいいんじゃないか。
まだ本格的な戦争になる前、宴でちょっと竪琴を弾いたときアメティストスに言われた。
それを思い出し、竪琴を手に取り2,3個音を鳴らす。あのときのように綺麗な音色だった。
もう何回が音を鳴らし、音の調律がとれていることを確認して、ようやく口を開いた。
「じゃあこれもらってよろしいですか?」
そう聞くと、男は驚いたようだ。まさか竪琴をもらうとは思わなかったらしい。
「いいけど……オルフ様もレオンティウスの詩を謡うのかい?」
「いいえ、違いますよ私が謡うのはもうひとつの英雄伝です」
そう答えた自分の声と瞳にもう苛立ちはなかった。
***
「――そして奴隷達の英雄は奴隷を救ったあと、冥府の王になり次は死人たちのために生きるのでした」
「わあーお兄ちゃん初めて聞いたよそのお話。お母さんがしてくれた英雄さまの話とちがーう」
「そうですか?」
「うん!で、お兄ちゃんの英雄様の名前はなんていうの?」
「エレウセウスさま、っていうんですよ」
私が謡うは歴史の渦に消えていくだけだった英雄の詩。
これは貴方に出会った私に与えられた運命なのだろう――
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