小説 | ナノ


「桐嶋、魔法をかけてくれ」
 マクタッキーでメガバーガーに丁度かぶりついてた伊織は、いきなり言われた一言に思わずむせた。
 当の発言した本人は何故むせたのか分からないのか大丈夫か桐嶋などと聞いてくる。そんな拓海を恨めしそうに見ながらようやく伊織は体勢を立て直せた。
「んだよ、いきなり。っつーか魔法って」
「この前磯野とカフェに行ったときに、桐嶋が魔法をかけてくれただろう。あのコーヒーが美味かった。だからまたあの味を飲みたいと思ってな」
「……はあ」
 そういえばTYBの最中に秋葉原でメイドカフェに行ったときに、そんな恥ずかしいことをしたなあと伊織はそのあまり使われることのない脳みそで思い出した。
 あれは単にあのカフェのコーヒーが元々美味しかっただけなのだが、拓海はいまだに伊織には魔力があり、それのおかげだと信じていた。
「別にオレがまたあれやったところで美味くなんねえよ。あれはあそこのコーヒーが美味かったの!!」
「いいや、あれは桐嶋の魔力だ。だからその魔力で、この風味も何もかも薄くて微妙なファストフード店のコーヒーを美味くしてくれ」
「店で堂々と微妙とか言うなっつーの!」
 確かにファストフード店のコーヒーなど金持ちでいい物嗜好の拓海としては美味しくないのは分かるが、あまりの言い方に思わず伊織は怒鳴りつける。しかし拓海はやはり平然としていて、決してコーヒーだけは手をつけず、静かに伊織の魔法を待っていた。
 その態度にいつまでたってもこのままだと堂々めぐりだと気づき、伊織は腹を決めた。
「……おいしくなあれ、おいしくなあれ!拓海の魔法のコーヒーおいしくなあれ〜★」
 ローテンションのまま言葉を呟く。それに拓海は満足そうに笑った。正直な話四捨五入すると190ある大柄な男が二人でいて、コーヒーに魔法の言葉を発するというのはかなり寒い光景なのだが、拓海にはそんなことは関係なく、精神的にダメージを受けたのは伊織だけであった。
 魔法がかけられたコーヒーをゆっくりと拓海は口に運ぶ。
「……どうせ微妙なままだろ」
 うなだれたまま視線だけをあげて聞くと、拓海の顔からは余裕が消え素直に驚いた表情をしていた。
「美味い……やはり桐嶋には魔法が仕えるのだな!」
「んなわけあるか!!」
 
 放たれたツッコミも気にせず拓海は美味しくなった(?)コーヒーを噛みしめた。




- ナノ -