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「ぼっちゃま。ぼっちゃまはもう大人になられたのですが、お手をつなぐのは愛しい方とその子供だけにしてください」

 それは小学校4年生のときに佐藤に言われた言葉だった。
 当時の僕は幼くて、佐藤や田中に手を引いてもらえないとどこにも行けなかった。たぶん、そんな僕の行く末が心配で佐藤はそう言ってくれたのだろう。母とも父とも手を繋いだことがなかった僕は、それ以来誰とも手を繋いだことがなかった。
 ダンスの練習などで、他人の手と触れ合う機会はあったが、そのときに感じるぬくもりは秘書たちと手を繋ぐときとは違うそれだった。
 あのぬくもりを恋しいとは思ったことは幾度かあったが、手を触れたいと思える相手と出会うこともなかったし、そんなときがくるとすら思ってはいなかった。 
 今までは。


「ニノー本当に一人で電車乗れんの?」
 今日は桐嶋くんの撮影の見学にいこう、という岬くんの誘いに乗り、渋谷まで(わざわざ)やってきたのたが、その見学の帰り岬くんの口から言われたのがその何気ない一言だった。
 僕はそれくらいは(たぶん)できると言い張ったのが、岬くんはあろうことか信じなく、その証拠を見せると言う名目で僕と岬君は二人で駅まで向かう羽目になったのだ。
僕はこの渋谷という街はこの街の代表の桐嶋くんを見ても分かるとおり、うるさくて、せわしなくて好きではない。だから断ったのだが、小声で「恋人のお願い聞けない的な?」と言われた瞬間に僕は思わず赤面して承諾してしまったのだ。
 しかし、この街の騒々しい空気の中だとそれくらいで承諾してしまったことを後悔する。どこもかしこもガチャガチャしている。
 そんな中沢山の手を繋いでいるカップルが目に止まった。派手な化粧の女と派手な男が手だけは普通の恋人と同じようにしっかり繋いでいた。決してまねしたくない見た目だが、その行為だけはきれいに輝いて見えた。
 (うらやましいな)
 見ているうちにそう思っている自分に気づいて、顔が思わず赤くなる。岬君は僕の変化には気づかず、マルッチーのことをベラベラとしゃべり続けているので少し安心した。
 一生懸命しゃべっている岬くんの両手を不意に見ると、その両手は何も持っておらず、あいていた。
 
(ぼっちゃまはもう大人になられたのですが、お手をつなぐのは愛しい方とその子供だけにしてください)
 
 僕は岬君が好きだ。

(ならばこの手を握ってもいいのではないか?)

 と思ったが、その考えをすぐに消す。僕たちは男同士だからほかの人には見られたら困る。そう思うと、開いている僕の手がすーっとさびしくなるのが分かった。

「ニノ、俺っちの話聞いてないっしょ!!」
「えっ、あっ、はい」

 いきなり話題を向けられ、思わず事実を認めてしまう。
 恐る恐る岬君の顔を見ると目に見えて頬が膨らんでいた。

「俺っちがせっかくマルッチーの話をしてたのにー」
「……すいません」

 結構理不尽なことで怒られてはいるのだが、話を聞いていなかったのは僕だ。だから素直に謝ると、岬君は一瞬青い目を丸くして不思議そうな顔をする。だが、すぐにその顔は笑顔に変わった。

「はい!!」
「へ?」
 
 言葉と一緒にされた行動に、思わず間の抜けた声が出てしまう。
 目の前に笑顔とともに差し出されたのは、健康的な肌の色をした岬君の左手だっただ。

「ニノがぁ、俺っちが隣にいること忘れないように、これから手繋いで歩こー、じゃないとニノ俺っちの話聞かないで考えこんじゃうっしょー?」
「えっ、で、でも誰かに見られたら」
「そん時はそん時!!今考えてもしょうがない的なー?ほら行くよ!」

 戸惑う僕を尻目に岬君は強引に僕の手を引っ張った。
 その温もりはやっぱり秘書たちのそれとは違う。
 岬君の手は秘書たちよりもずっとずっと熱かった。
 でもそれは熱いし、恥ずかしかったけれど、それはそれは心地よかった。




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