夢のあとさき
79

ウィルガイアの独特な空気にはまだ慣れない。ついでに言うと、羽根を出して飛び回るのにも正直慣れていなかった。ロイドが大いなる実りの間に辿り着いてしまっているせいだろう、慌ただしい雰囲気の中で私とゼロスは目を合わせて頷きあう。
こういうときには堂々としていたほうが怪しまれない。小声で会話を交わしながら、天使兵たちを横目に進んでいく。
「で、どこにあるのかは分かってる?」
「ユグドラシルの部屋にあるらしい。つまり……」
クラトスから聞いているのか、ゼロスは視線を奥に向けた。そう、ボスの部屋というのは一番奥にあると相場が決まっているのだ。
「了解」
足早に進んでいく。前回に来たときに向かったのは逆の方面だ。ゼロスはテセアラの神子として顔と名前が知れているのか、堂々と歩いていても全くとがめられない。私は私で天使なので特に何も思われていないようだった。
正直に言って、ここの天使たちは個人の識別がついているか分からない。ユグドラシルやクラトスの幹部レベルならまだしも、ヒラの天使(この言い方も妙だが)ならどこにでも紛れ込める気がした。
「何用だ」
こんなときでも警備員はいるらしく、ユグドラシルの部屋へ続く通路の前で目を細めてこちらを見てくる。怪しまれてるっぽいなあと思いながら私は交渉をゼロスに任せて、いざというときのために術の準備をしておくことにした。
「ユグドラシルさまからの使いだよ。アイオニトスが必要になってな」
「ユグドラシルさまから……?ユグドラシルさまは今大いなる実りの間でマナの神子にマーテルさまの精神を移しているのではないのか」
「そうだ。マナの神子の適合率を上げるためにアイオニトスを注入されるらしい」
アイオニトスの注入によって何が起こるのかよく分からないが、私は黙ってそれを聞いていた。天使はゼロスの言葉を聞いても躊躇っている。
「しかし今大いなる実りの間には侵入者が……」
「それがどうした?儀式は中断されてないんだぜ」
通そうとしない天使にゼロスが焦れているのがわかる。私は周りに他の天使がいないことを確認してから術を発動させた。少し後方に、天使に直撃はしないように。
「――守護方陣!」
「なっ!?」
のけぞった天使の首筋にゼロスが手刀を打ち込む。天使が倒れ込んだのを私とゼロスは受け止めて、通路の中に引っ張り込んだ。
「急ごう」
「おう」
短い言葉を交わして通路の奥に進む。他の警備員はいないようでとりあえず息を吐く。ユグドラシルの部屋のドアは思ったよりもあっさりと開いて、私たちはアイオニトスを探し始めた。
「これだな」
「あったか?」
ゼロスがあっさり見つけ出してくれたのでユグドラシルの部屋の滞在時間はほんの少しで済んだ。警備員がいなくなってるので怪しまれるかもしれないと急いで部屋を出る。
しかしそれも遅かったようだ。
「おまえたち!ユグドラシルさまのお部屋でいったい何を……っ!」
あのまま説得すればよかったかと後悔しつつ、私たちを睨んでくる天使兵を峰打ちで倒す。ここからはもう時間との勝負だ。
大いなる実りの間への転送装置にさえたどり着けば逃げ切れる。私はゼロスの腕を掴むと強引に抱き上げた。
「ゼロス!捕まって!」
「おわっ!?」
勢いをつけて飛び上がる。目立とうがなんだろうが最速で転送装置に向かうのが一番なのだ。あちらこちらから視線を感じるが気にしている暇はなかった。
「ちょっ、レティちゃん!大丈夫かよこれ!」
「行くしかないだろう!追っ手は任せた!」
「……くそ、そう言われちゃ仕方ねえ!」
追いかけてくる天使兵はゼロスの魔術で追い払い、振ってくる天使術を躱しながら最高速度で飛翔する。レアバードでの飛行と違って生身で飛ぶというのはなかなか難しいものだと思いながら、私は転送装置めがけて一直線に飛んでいった。
「まっ、これ、ぶつかるんじゃ……」
「歯を食いしばれ!」
減速していては追いつかれてしまう。私はゼロスの体をしっかりと抱え込むと、それこそ墜落するように転送装置に突っ込んだ。
「……っく!」
「ぐぅ……っ!」
視界が歪む。それは衝撃のせいだけではなく、無事に転送が完了したおかげだった。大いなる実りの間手前の暗い通路に私と、私を下敷きにしたゼロスは倒れ込んでいた。
「……早かったな」
何とも言えない顔でクラトスが見下ろしてくるのが分かる。私は激突した衝撃でくらくらする頭を押さえて頷いた。
「あいたた……ゼロス、生きてる?」
「死ぬかと思った……」
ぐったりとしたゼロスが寄りかかってくる。ちょっと悪いとは思ってるので土埃にまみれてしまった綺麗な長髪を払ってやった。
「無茶しすぎだぜレティちゃん……」
「ほら、早く戻ってこれただろう。ここまで来れば天使たちも追って来れないし!」
「そうだな〜、壊したら転送もクソもないよな……」
ゼロスが呆れたような顔で私たちが激突した転送装置を見る。彼の言う通り、一部が明らかに損傷してもう使えるような状態じゃないのは確かだった。
「俺さまたちが転送する前に壊れたらど〜するつもりだったのよ」
「……そのことは、うん、考えてなかったな」
「はあああ〜〜〜……」
もっともなことをゼロスが言うが、まあ結果オーライというやつだ。疲れた様子のゼロスをいい加減押しのけて立ち上がる。服は汚れてしまっているが負傷は大したことないだろう――と思ったところで、ふわりとした光に包まれた。
「ファーストエイド」
見かねたのか、クラトスが治癒術を使ってくれたのだ。思わずクラトスの顔を見上げるが、視線が合うことはなかった。
「ありが……」
「無事に戻ってこれたことだし。さっさとロイドくんを助けに行きますか!」
どうにか絞り出したお礼はゼロスのわざとらしい明るい声にかき消される。
……それもその通りだ。私は頷いて、ゼロスの後に続いて大いなる実りの間への転送装置へ向かった。


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