夢のあとさき
05

目を覚ましたら牢屋だった。
とはいえ寝床はある。野営地よりはいい寝床だ。私はそこに寝転んだままため息をついた。
迂闊だった。ディザイアンは巨大な組織だ。末端とはいえ切り捨てれば捕えられるのも当然である。しかもあの長髪の男は明らかに私より格上だった。これからはより慎重に探らなければならない。
まあ、ここから出られればの話だけど。牢の外には見張りがいるし、鍵がかかっているようで当然開かない。まだ疲れてるので私は二度寝することにした。流石にすぐに殺されはしないだろう、殺されるなら連れて来られる前に殺されてたはずだ。

「図太い娘だな」
熟睡から目が覚めると長髪の男が牢の外から呆れたように私を見下ろしていた。だって疲れてたし、疲れが取れないとこの男から逃げ出すこともできない。
「何の用?」
「名乗る気にはなったか?」
「ならないな。あんたは?」
男はおもむろに牢の鍵を開けると入ってきた。そして私の左腕を捻りあげる。
「このエクスフィア、どこで手に入れた?」
「……さあ」
「答えろ」
痛みが走る。それでも口を結んでいると男はこちらを睨んできた。
「トリエットの町がどうなってもいいのか」
「……ッ、きさま!」
「答えろ、と言っている」
手ごたえを感じたのか、男の唇には笑みが浮かんでいた。嫌なやつだ。痣ができるくらい強く腕を掴まれながら私は仕方なく口を開いた。
「知らない。昔からついてた」
「昔から……?」
「どこで埋められたのか分からないと言ってるんだ」
「お前は……」
腕を振り払うと案外簡単に外される。痛い、この野郎。覚えておけ。
男はそんな私の内心に気づいていなさそうにこちらをまじまじと眺めていた。
「面影があるな……」
私の両親と知り合いなのだろうか。いや、まさか。
けどその予想は当たってしまった。
「レティシアか、お前は」
名前を言い当てられて動揺が顔に出てしまったのだろう。男は私の顔を見て薄く笑った。
「そうか……、これはいい拾い物をした」
「きさまの名前はなんだ」
悔しくてそう尋ねる。男は意外にもあっさりと答えた。
「ユアンだ。じきに死ぬお前には関係ないだろうがな」
「……っ」
ユアンと名乗った男は背中を向けて出て行ってしまった。
殺されるのか。しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。けどすぐに切り替える。
今すぐに死ぬわけじゃない。まだ時間はあるはずだ。私はベッドに寝転ぶと固く目を閉じた。

脱獄の必要がある。
ディザイアンに囚われて数日が経ったが私はまだ処刑されていなかった。食事はちゃんと出たし、なぜか知らないけど風呂にも入れた。なんでだろう……?というか風呂あるんだ。
まあ、ハーフエルフのディザイアンは人間を見下してるのがほとんどなので犯されたりはしないだろう。と、呑気に毎日風呂に入ってたらたまにくるユアンに「本当に図太いな」と呆れられた。
しかしそろそろ脱出しなくてはならない。だいたい私には時間がないのだ。コレットが旅立つまでに調べないといけないことがたくさんある。
そんなわけで私は策を練ることにした。見張りの交代の時間はだいたい掴めてきたので、しばらく交代が来ないだろうというタイミングを見計らって唸り声をあげる。
「どうした?」
「いたっ、いたい、いたい……っ」
お腹を抱えて丸くなる。近づいてくる見張りは「どこが痛いんだ?」「おい、大丈夫か」と声をかけてきた。
「こ、ここが……」
そう言うと牢の外から見張りが覗き込んでくる。私はすかさず立ち上がると鉄格子の隙間から見張りの首に手刀を落とした。
「ふー」
ピクリともしない見張りを見下ろす。私は彼の懐から鍵を奪うと牢を開けた。
見張りは装備を剥ぎ取るとシーツを割いてぐるぐる巻きにして寝台に転がしておく。そこに毛布をかけると私が寝ているように見えるだろう、多分。私は奪い取った装備を身につけると牢に施錠して辺りを見回した。
「さて、荷物はどこかな」
慎重に進んでいくと割と近くに装備は置かれていた。武器と路銀、かさばらない荷物だけ持っていくことにする。
しかし私はこの先の構造がよくわかってない。どこから逃げようかと床や天井を調べると一箇所天井にくぼみがあるのを見つけた。
「せいやっ!」
近くの壁を蹴り飛び上がってそこを押すと思った通りに開く。もう一度ジャンプして私は天井裏に侵入した。
「なんか線がいっぱいあるな」
チューブみたいな線がそこらを這っている。ディザイアンの設備は魔科学のものがたくさんあるみたいだけどこれもその一つなんだろうか。慎重に避けながら私は天井裏をさまよった。

耳をすませながら天井裏を進む。下からディザイアンの会話が時折聞こえてくる。見つからないように息を詰めながら進んでいると「外に行くぞ」といった会話が聞こえてきた。
この足音を辿れば出口に着くんじゃないか。そう考えながら必死に狭い天井裏を這う。やがて行き止まりにたどり着き、会話も足音も聞こえないことを確認して私は拳を振るった。
「とうっ!」
バキッと音がして天井に穴が空く。そこから飛び降りると出口が目前で、私は駆け出した。
幸い周りに人はいない。勢いのまま基地の出口へとたどり着く。そこにも誰もいなくて、私はディザイアンの基地を無事に抜け出したのだった。


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