夢のあとさき
67

ヘイムダールに向かう前に私たちはサイバックで身を休めていた。ヘイムダールではどんな状況が待っているか分からないので、休めるときに休んでおかねば。
とはいえ自由時間は暇だったので、私はロイドの部屋をノックした。正確にはロイドとジーニアスが泊まっている部屋だ。
「ロイド?」
返事はない。鍵は閉まっていなかったので静かにドアを開けると、ロイドはベッドで寝息を立てていた。ブーツも脱いでいないところから、疲れてすぐに寝てしまったんだろう。
「まったく……」
私はしかたないというふうに言ったが、自分でもなんだか嬉しそうな声色であることが分かってしまって恥ずかしかった。ジーニアスは見当たらず、リフィルやコレットとどこかに行ったのだろうかと首を傾げる。リフィルに付き合わされて資料館にでも行っているのかもしれない。それかプレセアと出かけてるとか?
とりあえずロイドのベッドまで近づいて、ブーツを脱がしてやる。帯刀しっぱなしだったので剣もベッドの脇に置いた。グローブを外して、窮屈そうな上着のボタンを外してやる。
「ん……ねぇ、さん……」
むにゃむにゃと呟いたロイドだったが、目を覚ましたというわけではなさそうだった。ごろんと寝返りを打って枕を抱え込むロイドを見下ろしていると、シーツの上にきらりと光るものが落ちているのを見つけた。
――指輪?ロイドが指輪を持っているなんて……と意外に思いながら拾い上げる。なんだか高価そうなものだ。刻んであるのは天使言語、ではなく古代エルフ文字、か。似ているので単語は読み取ることができた。
「これは真かな?えっと、……愛、誓う……?」
思わずロイドの寝顔を見てしまった。いやいやまさか、ロイドがこれを誰かから贈られたとかはないだろう。古代エルフ文字なんてわかる人はそうそういないし、文字が擦り切れていてかなり古い指輪のようだし。
装飾文字でY・Mと刻んであるのを撫でる。これをロイドはどこで手に入れたのだろう?
「……ん、ねーさん……?」
今度はいくらかはっきりした声でロイドが言うのが聞こえて私は顔を上げた。眠そうに目を擦ってロイドはあくびを漏らした。
「ふあ……寝ちまってたか」
「靴くらいは脱いで寝なさい」
「あー、あはは。わりぃ」
この歳になってまで面倒を見られたのがさすがに恥ずかしいのか、ロイドはベッドの下のブーツを見てポリポリと頬を掻いた。
「ってあれ、姉さんそれ……」
「ああ、シーツの上に転がってたから。ロイドの……じゃないよね?どうしたのこの指輪」
私の持っている指輪を見つけてロイドが目ざとく言ってくる。ロイドは伸びをしてから胡坐をかいて答えた。
「ハイマで拾ったんだよ。ほらあの、救いの塔に行く前にクラトスが襲われたとき」
「襲われたとき?襲った人が落としたってこと?」
「多分そうじゃねえかな?あれ、でもそれってやっぱりユアン……指輪探してるって言ってたし……」
うーんとロイドが首を傾げる。この指輪の持ち主はどうやらユアンらしい。
「じゃあユアンに返してあげなよ」
「そうだなぁ。あ、でも姉さんのがユアンに会うんじゃないのか?姉さんが持っててくれよ」
「ええ〜?」
私の方がユアンに会うって……もうレネゲードに狙われてるわけじゃないと思うんだけど。ただロイドの指輪の管理が雑なのが気になったので私が預かっておくことにした。
「よし!じゃあ腹減ったし、なんか食いに行こうぜ!」
ロイドはもう指輪に興味をなくしたのか、元気よく言って立ち上がる。私はロイドにグローブやらブーツやらを渡してやって、宿に残っている仲間がいたら食事に誘おうなんて話をしながら二人で部屋を出た。

マナリーフを求めてヘイムダールに向かった私たちだったが、その手前のユミルの森はなかなかの難敵だった。というのも、出口付近でうろたえる子どもを助けることになったからだ。その子どもは病気の母親のためにユミルの果実というものを探していたらしく、通らせてもらう代わりに私たちが探し出すことになったのだ。
ソーサラーリングで音を出して花に反応させたり鳥に運ばれたりしながらどうにか見つけ出したユミルの果実は無事子どもに渡すことができた。母親の具合もよくなればいいんだが、とその小さな背を見送り、そして反対に姿を現したのはクラトスだった。
「……無事にここまで辿り着いたか」
静かな声にロイドが真っ先に反応する。
「何……!じゃあ、おまえはやっぱりコレットの病気を、直す方法がわかってたんだな」
「だから……どうだと?」
ロイドの問いかけにもクラトスは動じない。そうだろうなと思って私は腕を組んで彼らを見つめた。
「どうしてだ!どうしてコレットを助ける手がかりを教えてくれた?それにどうしてコレットの天使疾患が、勇者ミトスの仲間と同じ病気だとわかったんだ!」
「それを聞いてどうするのだ」
「それは……」
クラトスの問いかけに、ロイドは返答に窮した。それを目を細めて見つめて、クラトスは一言言い残す。
「……時間がない。急げ」
私たちが来た方向へ去っていったクラトスから顔をそむける。今はあの人の言う通り、急いでマナリーフを見つけ出さねばならないのだから。

ヘイムダールの中へ入ろうとすると、王の書状を持っているにも関わらずハーフエルフであるリフィルとジーニアスの進入を拒まれた。眉間にしわを寄せてしまうが、肝心のリフィルに「私たちはここで待ちます。あとは頼むわね」と言われてしまうと怒りのやり場がなくなってしまう。
「一言言っておく。この村では英雄だと祭り上げられている、あのミトスの話は禁忌だ。けしてあれの話はするなよ」
門番はそう気になることを告げてきた。理由までは教えてくれなかったが、それはミトスがユグドラシルであるということに関係あるのだろうか?この里の人は四千年前の出来事を正確に把握している……?
エルフのひとびとは排他的で話しかけても冷たくあしらわれることが多い。仕方なく私たちは真っ直ぐに族長の家に訪れた。
「……マナリーフと言ったか?」
族長はあからさまに嫌そうな顔をして私たちを出迎えた。これではマナリーフの入手は難しそうだ。
「あれは我々エルフが魔術のために利用している大切な植物。めったなことで生息地を教えるわけにはいかん」
「……何とかならないのだろうか。その植物がないと命を落とす仲間がいる」
食い下がるリーガルに族長ははじめて私たちをまじまじと見た。
「どういうことじゃ」
「ここにいるコレットは、永続天使性無機結晶症に罹患している」
「なんじゃと!……それはマーテルの……だからクラトスが……」
答えた私に族長は驚きと、そして納得を見せた。やはりマーテルも永続天使性無機結晶症に罹っていたのか。しかし、「だからクラトスが」とはどういう意味だ?
「マーテル……レティの言った通りだったんだね」
「それにクラトスがどうしたんだ!クラトスはなにしに来ていたんだ」
ロイドが焦ったように突っかかる。しかし族長はそれに応える気はないようだった。ただ、私たちに持っていた杖を差し出す。
「クラトスのことはいい。マナリーフの生息地はここから東南にあるラーセオン渓谷だ。霧深い山の奥にある。そこの奥地に住む番人にこの杖を見せなさい」
「族長!」
「……人間。これ以上おまえたちに話すことはない」
取り付く島もない。ロイドは杖を受け取って、唇をぎゅっと結ぶと踵を返した。


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