夢のあとさき
60

学校の前まで行くと村の人たちが集まっていた。ロイドたちもその中にいる。どうやら村長がロイドたちを非難しているようだった。
だが、流れはすぐに変わった。イセリア牧場に収容されていた少女――ショコラがロイドたちを庇ったのだ。それに続いてゼロスやプレセア、それに村の子供たちも村長に抗議するような言葉を連ねる。
「……みんな……」
ロイドがぽつりと声を漏らすのと同時にリフィルがその場から走り去っていた。今の言葉の中になにか――刺さるようなものがあったのだろう。それは悪い感情ではないと思う。
リフィルはずっと一人で立っていたのだ。ジーニアスを守るためにも。だから今は一人にしておいた方がいいと思って追いかけずにおく。
私が何かせずとも話は収束するような気がしたが、結局その場から動くことはできなかった。村の人たちはみんな、神子であるコレットのこと、ハーフエルフのリフィルとジーニアスのことを受け入れてくれるらしい。
「自分に力がないからって神子さまになにもかも押し付けといて、いざとなったら神子様を責めるのかい!?それはあんまりさ!」
その言葉はきっとコレットと共に暮らしていたからこそ出てきた言葉だろう。それでも大きな進歩だと思えた。私がずっと一人で疑問に思っていたこと――どうしてコレット一人が重責を負わなければならないかということは、次第にみんなの心にも積もっていたのかもしれない。
もっと早く声高に言っていれば少しはコレットのことを気遣う人も増えたのだろうか、このシステムに疑問を持つ人も増えたのだろうか。そんな後悔はあるものの、現状では最善の事態に落ち着いたと言える。
だが、村長のような人はどこにでもいるのだ。自分のことを第一に考えているような、偏見と差別に満ちた人。私だって偏見も差別もないとはいえないが、自分と違う他人を許容することくらいはきっとできる。みなそうであれば苦しみも減るだろう。それはロイドの描く理想であり、実現は難しい。それでも目指すことをやめれば何も変わらない。
難しいな、とため息をついた。でも目の前でショコラとロイドが和解しているのを見ると少しは希望もある気がする。
「あ、姉さん」
私に気づいたロイドが振り返る。
「コレットは?」
「まだ休んでるよ。リフィルのところに行こうか」
「そうだな。先生、どうしたんだろ」
首を傾げながらロイドは歩き出す。ジーニアスは複雑そうな顔をしてロイドの横を歩いていた。リフィルの思ったことが彼には分るのだろう。
「田舎ってこわいねえ」
ゼロスが冗談交じりに言う。先ほどの村長の考えはイセリアという閉鎖的な空間で培われたものだと思っているのだろう。
「そう?私はテセアラもこわいけど」
「……ハーフエルフの扱いのことか」
「教皇が決めたんだって?おろかな権力者のいる富んだ国はおそろしいよ」
それに、テセアラのには格差もある。どちらがいいとか一概には言えないだろうけど、繁栄世界の人間だって幸せに暮らしているとは限らないのだ。それは大いなる実りの発芽を無事に終えた後も、世界を一つに戻せたとしても続く課題だ。
「……そうだよなぁ」
ゼロスがしみじみといったふうに呟いた。

リフィルは自分の家の前で立っていた。といっても、ディザイアンの襲撃のせいで家は焼けてしまっている。
「……先生。どうしたんだ、急に」
「……いえ、なんでもないのよ。ただ……」
ロイドに声をかけられてリフィルは遠い目をした。すぐにかぶりを振って言葉が途切れる、
「いいえ、やっぱりいいわ」
「ふーん」
「それにしても、この村もあんがい捨てたものではなくてね」
そう言ってリフィルが微笑む。私は少し安心した。イセリアにずっと住んでいたリフィルが、心からこの場所を居場所とできていないのかもしれないと思っていたからだ。エルフと偽る罪悪感はずっと彼女の中にくすぶっていただろう。
けれど、村長は非難しても、村の人たちはリフィルを受け入れたのだ。ずっと教師として接してきた子供たちに庇われてリフィルは過ごしてきた五年間が無駄ではなかったのだと思ったのではないだろうか。旅を終えたら、彼女の帰る場所にイセリアはなってくれる。
「リフィルさまなら村長に、もっときびしーこと、言うと思って期待してたんだけどなぁ」
ゼロスが余計なことを言うのでどついてやろうと思ったが、リフィルはさらりと受け流していた。ちゃんと復活したっぽい。
「あら、豚に説教するバカがいて?」
「……こりゃ失敬……」
ゼロスはたじたじになって肩を竦める。私はため息をついて目を逸らした。
「あ」
クラトスが村の門のところに立っているのが見えた。コレットも一緒だ。
「ロイド、コレットたちがいる」
「本当だ!コレット!」
ロイドが真っ先に駆けだすので私もその後を追いかける。立ち上がることはできているみたいだけど、コレットのことは心配だ。
「もう大丈夫なのか?」
「うん……何とか……。ごめんね。心配かけちゃって」
そういうコレットの顔色はよくない。本当に今はなんとか立っているだけなのか、それともロイドに見られたことを気にしているのか。どちらでも心が痛む。
「ファイドラ殿とフランク殿の依頼を受けて、おまえたちの父親のところへ神子を連れていく」
「親父のところ?どうしてだよ」
「クルシスの輝石のことは……ドワーフの方が詳しいからっておばあさまが……」
そうか、一応クルシスの輝石はエクスフィアの進化形だ。ドワーフである親父さんが知っていてもおかしくはないが……今まで一度も話を聞いたことがないのが気にかかる。
「そうか……。そうだよな。じゃあ俺も、一緒に行くよ。姉さんも行くだろ?親父に顔見せてやらないと」
「そうだね。黙って出て行ったきりだし」
「そうするといい。私は、神子を送り届けたらクルシスに戻る」
親父さんのところに送るまでがファイドラさんたちからの依頼なのだろう。律儀なことだと目を細めた。
「でも……しいなさんは……どうするんですか?」
追いついていたプレセアが首を傾げる。
「伝言を頼んでおいた。すぐに合流するだろう」
「わかった。じゃあ親父のところへ帰ろう」
もともとイセリアに向かわせると言っていたのだし、伝えてもらったなら問題ないだろう。私たちは全員で家へ向かうことになった。


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