夢のあとさき
52

ぱき、ぱき、と耳の奥から聞こえてくる。
侵食している音だと思った。怖いという気持ちは麻痺していて、私はなにも感じない。いっそ輝石を取って捨ててしまおうかなんて思っていたのがうそのようだった。
ぱき、ぱき、ぱきん。
音がやがて止む。私の背中には何かが広がっていた。それはマナが翼というかたちで放出されたものだ。
――ああ、と微かに残ったこころが呟いた。
私は無機生命体となったのだ。

思い返せばコレットは心を失っていた間のことを覚えていた。それは私も同じで、意識だけは微かに残っているようだった。ただ、自分の思い通りに体は動かない。動けと念じてもどうしようもならなかった。
「レティシア」
部屋に入ってきたユアンが私を見て瞬く。そりゃそうだ、部屋の真ん中に突っ立って――いや、羽根で浮かんでいる人間を見れば驚くだろう。
「……天使化したか」
私の視線がユアンに向けられる。ユアンはちいさく呟いていた。
「このままでは使えんな。早く戻って来い、レティシア」
「……」
声は出るはずなのに私はなにも言わなかった。ユアンはもう用がないとばかりに部屋を出ていく。私は一人取り残されてただ浮かんでいた。

それが何日続いただろうか。ユアンやボータは時折様子を見に来るが、私が反応を返すことはない。我ながら本当に生きているのか謎なくらいただ無為に時を過ごしているだけだった。
一度だけ、ユアンがコレットのことを報告しに来たことがある。
「レティシア、ロイドたちは神子をロディルから奪還したようだ」
「……」
「――これにも無反応か。仕方がない、か」
内心喜んではいたものの、私のガワは何か言うことすらしなかった。無駄だと判断しているのだろう。
それだったら意味のあることってなんだ、と思う。クルシスの一員になって世界を運営すること?それだって、健全なものではない。ユグドラシルの思想は、というかこの世界の現状は間違っていると思っているからだ。
感情を取り戻す――私の側からすると肉体の操作権を取り戻せないかいろいろと考えたり試したりしてみるがどうにも上手くいかない。
しかも時間が過ぎるのも早かった。ずっと同じ場所で、食事も排泄も睡眠も不要なので時間感覚が分からないのだが、ときどきこの「考えている意識」がなくなっているときもあるような気がする。
ふ、と意識が消えるのだ。そのまま永遠に失われてしまいそうなのが恐ろしい。

そうやって過ごしていると、何度目かのユアンが部屋に来た。ユアンは私を見ると難しい顔で腕を組んだ。
「詳細を省くが、ロイドたちは今シルヴァラントにいる」
なんだと!?驚いても表情には出ないだろうが盛大に驚いた。レアバードで時空移動したのだろうか?いや、でもレネゲードの協力がないとできないという話だったはずだ。
「我々は今ロイドたちの手を必要としている。協力を取り付けるにはお前が必要だ。来てくれるか」
一応ユアンは私に聞くという体裁を取ってくれた。無理矢理連れていかないのかと思ったが、コレットが心を失っていたときを思い出すとかなり暴れるのだろう。
私は頷きたくても頷けないのだが、ガワはなにを考えたのかようやく声を出した。
「……わかった」
ずっと喋っていなかったから掠れた声だったが、ユアンにも聞き取れたのだろう。「ではついて来い」と言われて私も進みだす。ちなみに浮いたまま。
「レティシア、羽根をしまって歩け」
「……」
「無駄か」
一応ユアンに文句を言われたがガワは無視をしている。
このままロイドたちに会ったとしてもガワが何をするのか。不安になりつつも私の意志ではやはり足を止めることもできないのだった。


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