夢のあとさき
39

ゼロスの屋敷に泊めてもらった翌日、精霊研究所に向かうとしいなの知り合いのミズホの民がすでにエレカーをグランテセアラブリッジまで運んだ後だった。というわけで再び下水道を抜けてメルトキオを出る。
「ゼロスはついてきてよかったの?」
道中、ふと思って尋ねると驚いた顔をされる。
「なんだよレティちゃん、俺さまを置いてくつもりだったのかよ〜。つれねーなぁ」
「いや、そうじゃなくて。せっかく家に帰ったんだからついてくることなかったんじゃないか?もともと私たちの監視をさせられていたわけだし、別に旅に同行する積極的な理由もないだろう」
まとめて指名手配にされてはいるものの、ゼロスがついてくる理由はない気がする。強いていうならなりゆきで同行してる感じ。
「俺さま指名手配されてるんだぜ〜?屋敷にいたらすぐ捕まるっての」
「そうかな。ゼロスって人望あるし。……ってなにその顔」
「いや……」
苦虫を噛み潰したようなような表情をされて首をかしげた。なにか気に触ることを言っただろうか。
「王都を歩いていても通報されなかったし、身を隠すところくらいあると思ったんだけど」
「コソコソするのなんて性にあわねーし。こんなところで放り出すのも後味悪いしな〜」
当初の目的、コレットの心を取り戻しても着いてきてくれるのはそういうことらしい。まあ、二つの世界の仕組みが分かっていてもシルヴァラントの住人と実際会ってみると感じるものもあるのだろう。それに教皇にやられっぱなしというのも癪な話だ。どうやら教皇はディザイアンと繋がっているらしいし、上手くいけば裏の悪事を暴くこともできるかもしれない。
「そうか。まあ、ゼロスがいたら助かることもあるかもしれないしね」
「そーそー、頼りにしてくれていいんだぜ」
ゼロスがいたら顔がバレてしまうこともあるかもしれないけど。それは言わぬが花ということで口を噤んでおいた。

グランテセアラブリッジ近くまでいくとミズホの里の民が待機していた。途中にあった鍵はロイドがちゃちゃっと開けてしまって、相変わらずだと思う。
ウィングパックとやらでエレカーを出し入れして存分にはしゃいでから海を渡る。しいなは文句を言っていたが、普通に渡れたので安心した。
王立研究院の研究員に会いにまずサイバックへ向かうが、街に入るところで逆に出ようとするクラトスの姿が見えて身構えてしまった。
「クラトス!くっ!コレットを連れていくつもりか!」
ロイドはそう言って剣を抜く。それを見て私は逆に頭が冷えた。コレットを連れ戻しに来た?いや、違うだろう。山岳では「捨て置く」と言っていたし。つまりここにきているのは恐らくただの偶然だが、なぜ王立研究院のある街にクラトスがいるのだろう。
ロイドは簡単に剣を叩き落されて悔しそうにしていたが、クラトスの言う通りまだ彼には敵わないだろう。ロイドをいなしたクラトスはちらりと私を見たが、すぐに視線をコレットに向けた。
「再生の神子、生きたいと思うなら、そのできそこないの要の紋を外すことだ」
「……いやです。これは、ロイドが私にくれたものだから、絶対に外しません」
珍しく強い口調でコレットが言う。クラトスは「バカなことを」とだけ言い残して街の外へ去っていった。
どういうことだろう。そういえばプロネーマも「子どもだましの要の紋」と言っていたような気がする。あれでは不十分だと言うことだろうか?クルシスの輝石はエクスフィアの進化形だから?
不十分なら、どうなるんだ?――また、コレットが疾患で苦しむのだろうか。
そう考えると居ても立っても居られなくなった。
「ロイドたちは、先に行ってて」
「え?」
「……資料館に行ってくるから。用が終わったらそっちに行く」
「ああ、うん……分かった」
首を傾げていたがロイドは素直に頷いてくれた。みんなが王立研究院へ向かったのを確認してから急いで街を出る。
クラトスはどこへ行っただろうか。目を細めるとなんだかいつもよりも遠くまで見渡せる気がする。ぽつんとクラトスの後ろ姿を見つけて私はノイシュに乗って追いかけた。
「クラトス!」
「……」
無言で振り向くクラトスにノイシュの上から下りて話しかける。
「さっきのはどういう意味だ。コレットにはもっとちゃんとした要の紋が必要なのか?」
「……あの調子では何を言っても聞き入れまい」
「それはどうでもいい。また――コレットが苦しむことになるのか、聞いているんだ」
睨み付けるとクラトスもじっとこちらを見てきた。その視線が痛くて目を逸らしたくなる。
「神子の様子を見ていればそのうち分かる」
「……手遅れになる前に?」
「さてな」
もう後悔はしたくない。コレットを苦しませたくなんかない。再生の神子という呪いのような血を今も引きずっているコレットをどうにかして救いたいのに、目の前の答えを持っている男はどうやら教えてくれないようだった。
「人よりも自分の心配をすることだ」
血が滲むくらいに握りしめていた手を掴まれて無理矢理何かを握りこまされる。瞬いてクラトスの顔を見上げた。私よりもだいぶ高い位置にあった。
「忘れ物だ」
それだけ言ってクラトスは背を向ける。私はおそるおそる手を開いた。
そこにあったものに、思わず崩れ落ちてしまう。
「……私がつけていたのは、指輪だったんだよ」
金属に彫り込まれた紋様は今しがた話していた要の紋だった。チェーンにぶら下がっている金属片を力の入らない指で握る。
どうして。どうして今更こんなものを渡すのか。泣きだしたくなった。泣いて、すがって、それで――。
どうあがいてもできない夢をみる。頬を生ぬるいものがつたっていった。
「クゥーン」
「……ふ、ぅ……っ、なんで……」
掠れた声で呟く。心配そうに鼻を鳴らすノイシュの首に腕を回した。
「なんでよぉ……もう、わたし……わかんないよ……」
ぐすぐすと鼻を鳴らす。早く戻らなきゃと思うのに、しばらくそこから動くことができなかった。


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