リピカの箱庭
131

アルビオールをかっ飛ばし、ホドグラドの研究所のだだっ広い裏庭に停めてからは早かった。アシュリークに伝達を頼んでいただけあり受け入れ態勢は万全で、イオンは施術室の前までは付き添ったがそこで崩れ落ちた。
「ノイ!」
「っ、は、大丈夫、ちょっとキツかっただけ……」
響律符があったとはいえ長時間の術の行使は負担が大きかったのだろう。メシュティアリカも疲弊していたので、施術はシミオンと見学を申し出るカーティス大佐に任せて二人を休める場所に案内した。
「おなかすいた。なんでもいいから持ってきて……」
「す、すみません伯爵さま。私もお願いします」
という要望によって食事も準備させる。というか、彼らはもともとシュレーの丘まで行っていたのを無理矢理付き合わせたので、それはもう空腹だろう。ルークたちご一行にたんと食べさるようにと連絡する。研究所は大所帯なので、食堂もある。そこに案内させるわけにはいかないが、調理設備があるのは便利だ。
ついでに屋敷にも私が戻っていることを報告するように指示しておく。この後どうなるかわからないけど、グランコクマに滞在するならうちの屋敷を使うだろう。
「よかったのか、レティ。ジェイドを施術室に入れて」
みんなが食べている間にガイラルディアがこっそりと尋ねてくる。私は肩をすくめた。
「仕方ないよ。やましいことをしているわけでもない。機密とはいえ陛下には隠し立てできないし、未知の技術を密室で施術するほうが信頼を損なうでしょう。カーティス大佐が臨席してくれるのはむしろちょうどよかったね、報告を任せられる」
「……ジェイドを顎で使う気とは」
感心半分呆れ半分といった感じでガイラルディアは嘆息した。だってフォミクリー技術に詳しく、陛下からの信も厚く、さらに言えばガイラルディアも信頼している相手だ。使わなくては損だと思う。
さて。人心地ついたところで、私はガイラルディアに尋ねた。
「それより、ガイはどうしてルークたちと一緒にいたの?」
「ああ、それか。ダアトでちょうどルークとティアに会ってな。いや、その前に急いでいたから連絡しそびれたんだが、グランコクマ出立前にアッシュを見かけて」
「えっ」
アッシュ、グランコクマに寄ってたのか。いやそれなら顔見せるとかしてくれないかなあ!?せめて一言連絡してくれればよかったのに。わたしは額に手を当てた。そんな私を見てガイラルディアは苦笑した。
「その様子だとレティに何も言ってないのか、あいつ」
「聞いていません!連絡不精にも程がある」
「成果がないって報告するのも嫌なんだろ」
そうかなあ。いや、そんな見栄はどうでもいいんだけど……アッシュはプライド高いし、あり得るかも?でもそれってわりと部下として致命的ですが、どういう教育をしてるんですかヴァンデスデルカ。私の部下というわけじゃないけども。
「アッシュはセントビナーに行くって言ってたって伝えたら、ルークが探しに行くって言うからさ。レティがいい加減顔出してほしそうだったし俺も着いてったってわけさ」
なるほど、そうでしたか。まあ大体のあらましはわかっていたけど、アッシュがグランコクマにいたのは灯台下暗しだったな。しかし今の説明で一つだけわからないことがある。
「ノイはなぜ同行しているのです?」
そしてアニスがいないのは多分彼のせいだ。いまだかつてない勢いで完食し、食後の紅茶を味わっていたイオンはちらりとこちらを見上げた。
「同行してたら悪い?」
「あなたがアリエッタと別行動していることに驚いているのです」
以前グランコクマを訪れたアニスの話では二人揃って導師守護役に就いたということだった。それが勝手にうろちょろしているのはまあアニスという前例があるからいいとして、二人でいないのはかなり意外だ。
するとイオンは唇を尖らせて言った。
「アリエッタだけこいつらに同行させるわけにはいかないだろ」
「……はい?」
「あー、伯爵。最初はアニスが行くって言ったんだけど、イオンが嫌がったんです」
疑問符を浮かべた私にルークがそう説明してくれた。導師がアニスを行かせたがらなかった?そんな話なかった気がするけど、そう言うならそうなのだろう。今更差異を気にしてもキリがない。
「それで代わりにノイがついてくるって話になって」
「代わりに?」
「だからアリエッタだけ行かせるわけにもいかないし、かといってアニスも……なんか不安定だったから。それにこいつについていけば伯爵に会えるだろ」
ガイラルディアを顎でしゃくるイオンに、私は静かに告げた。
「こいつ、ではありません。ガイラルディア様と呼びなさい」
「……ガイラルディア様」
「よろしい。報告は後ほど受けましょう」
イオンは思いのほか素直に言ったので、満足してうなずく。
アニスが不安定というのも気になるし、モースが行方をくらませた今、教団の現状も知っておいて損はない。別に、イオンをスパイとして送り込んだわけじゃないんだけれども。
「レティ、別に俺はノイにかしこまられたいわけじゃないんだが……」
「まあ、今後のためですよ」
ガイももう少し傅かれることになれたほうがいいと思う。このメンバーでしても息苦しいのかもしれないけど、イオンは適度に雑なのでまあいいでしょう。
そんなことを話していると、ドアがノックされた。返事をすると開けたのは若い研究員だった。確か施術に立ち会っていたはず。
「失礼いたします、ガルディオス伯爵、ガイラルディア伯爵。施術が完了いたしましたので、ご連絡申し上げます」
「フリングス少将のご容体は?」
「意識もはっきりされております。ご面会なさいますか?」
「医師の許可が下りているのであれば。まずはシミオンに話を聞きましょう」
私が立ち上がると当然のように全員立ち上がるので、フリングス少将の容体が気になるのだろう。私は全員をぞろぞろ引き連れて部屋を出た。


- ナノ -