夢のあとさき番外編
星辰のささめき

※元拍手お礼SS
※エピローグ前

「あ、ユアンだ」
声をかけるとユアンはこちらを見て顔をしかめた。失礼な人である。
「ここで何をしている」
「何って、えーと……迷子?」
私がいるのはメルトキオのどこかだ。正直に言うと、シルヴァラント出身の私はメルトキオのような広い街に馴染みがない。ふらふらと出歩いていたら迷子になった。以上。
「ユアンは何をしてるんだ?」
「私は仕事だ」
「ああ、レネゲードの」
レネゲードはテセアラでも活動していたからその関係だろう。なるほどと頷いているとユアンは深いため息をついた。
「なぜ迷子なのにそう呑気なのだ、お前は」
「いざとなれば飛べばいいかと思って」
上空から見渡せばおおよその方向はわかるだろう。いなくなったことにロイドたちも気づいているかもしれないけれど、私もまあいい大人だ。捜索は望めない。
「街中で羽根を出すつもりか?やめておけ」
「まあ、目立つよね。ユアンこのあと暇?」
ユアンは渋い顔をしたままだ。かわいそうに、そのうち眉間のシワが取れなくなるぞ。
「暇ならご飯付き合ってよ」
「……なぜ私が?」
「大通りまで案内してもらおうと思って。そのお礼に奢ればちょうどいいだろう?」
なかなかの名案だ。そう思ったのにユアンは深いため息をつき、座り込んでいた私をぎろりと見下ろした。
「図々しいのかわからんな。行くぞ」
「あ、ちょっと。付き合ってくれるのか?」
「お前にメルトキオの飯屋がわかるとは思えん」
「じゃあユアンの好きなところ連れて行って」
「なぜ私が……」
ユアンがすたすたと歩いていくのを慌てて追いかける。行くぞ、とか言ったくせに全然歩くの速いし。とか思っていたらいくらか歩幅が狭くなった。追いついて隣に並んで歩く。
「どこに連れて行ってくれるんだ?」
「どうしてもというなら適当な酒場にでも行くぞ」
「酒場か!ユアンは酒をよく飲むのか?」
「大して飲まん。酔えないからな」
ユアンは酒に強いのか――いや。思い直して首を横に振る。きっと、酔って前後不覚になることができない立場だからだろう。それくらいユアンはずっと張り詰めていたにちがいない。
ユアンは宣言した通り、適当に目に付いた酒場に入っていったので私もついて入る。まあまあ人が入ってはいるがそう騒がしくはなく、たまたまなのかユアンがこういう場所が好きだからなのかは分からなかった。
「何飲もうかな」
メニューを眺めているとユアンがぎょっとした顔をこちらに向けた。
「飲むつもりか!?」
「え、酒場だし」
「やめろ!私はお前の面倒を見るつもりはない。だいたい子どもが酒など飲むんじゃない」
「私十九ですけど。そもそも子どもに手を出したのはどこのどなたでしたっけ?」
「ぐ……」
ユアンが言葉に詰まったので私は笑って給仕を呼んだ。炭酸水と日替わりのメニューを頼んでからユアンに視線をやると、ユアンも何皿か注文する。
「飲まないのか、結局」
「ユアンが嫌がることはわざわざしないよ」
「ならいいが……」
ムスッとしながらユアンは腕を組む。先に運ばれてきた炭酸水のボトルからグラスに注ぎながら私はその顔をなんとなしに眺めた。
エルフの血を継ぐひとは大体美形であるが、ユアンもその例に漏れない。自分は結構面食いなのかもしれないなと思った。髪の毛もサラサラだし。どんな手入れしてるんだ、遺伝か。私のこの髪がクラトスからの遺伝と思うと嫌ではないが、やっぱりサラサラの髪は憧れる。
「なんだ、ジロジロと見て」
「いや、ユアンって昔助けてくれたことがあるだろう?」
「……覚えているのか?」
「ちょっとだけ。あの時のお礼って言ってたっけ」
「覚えていないようなことにわざわざ礼を言う必要もあるまい」
「そうかな。でも、嬉しかったし。ユアンは必要だったからそうしただけかもしれないけど」
かすかな記憶はもしかしたら後から得た情報を付け足したような、正しいものではないのかもかもしれない。でもあの白い部屋から助け出してくれた人がいたのは私にとっては救いだった。あと何だかんだ天使になっている間匿ってもくれていたのだし。
「というか、ユアンはクラトスとは友達なのか?」
あの時助けてくれたということは、クラトスが離反してからもユアンとは協力しあっていたということになる。そう考えて尋ねるとため息をつかれた。
「……なかなか直球で聞いてくるな、お前は。そういうところはクラトスに似ていない」
「お父さん、シャイなところあるよね」
「あの堅物をシャイなどと言うのはお前だけではないか?」
「ふふ、お母さんも言ってたから私とお母さんだけだな」
料理が運ばれてきたので手をつける。トマト煮込みの鶏肉と、丸い形のパンだ。パンは焼きたてというわけではなかったが、二つに割ると中はふわふわしていておいしそうだ。トマトのソースを掬って食べてみる。
「お前はトマトを食べられるのか」
ユアンがぽつりと呟いたので、私は目を瞬かせた。
「クラトスが嫌いなの知ってるんだな」
「……一緒に旅をしていたのだ、それくらいはな」
「へえ。やっぱり仲良いな。私はトマト嫌いじゃないよ。ロイドは嫌いだけど」
ユアンは魚介のスープに口をつけている。そうか、一緒に旅をしていたのか。クラトスとユアンと、ミトスとそれからマーテルと。その旅路はどんなものだったのだろう。俄然興味が湧いてきた。
「ねえ、ユアン――」

ごとん、とテーブルに置かれたジョッキの中で琥珀色の液体が揺れる。ユアンは顔を赤くして酒くさい息を吐いた。
「あの時のクラトスは見ものだったぞ。ミトスでさえ腹を抱えて笑っていたくらいだ」
「あっはは、お父さんもそんなことあるんだ」
「あれも人の子ということだな。いやしかしまさか、あいつが結婚して子どもを設けるとは思わなかった。あれだけモテ腐って何一つ靡かなかったくせに」
「ユアンもお父さんとお母さんの馴れ初めを知らないのか?」
「知らん。久しぶりに会ったら腕の中にお前がいて驚いたくらいだ。あんな旅の中でよくもまあ、お前もロイドも無事でいたものだ。頑丈にもほどがあるだろう」
何だかよくわからない糾弾をされたが、酔っ払っているからだろうか。
というか酔わないとか言ってたくせにユアンはどこからどう見てもベロンベロンだった。妙に抜けてるところがあるし、お酒で失敗するタイプなんじゃないだろうか、ユアン。今は存分に昔語ってもらうけど。
「じゃあ私は赤ちゃんの時にもユアンに会ったことがあるんだな」
「ロイドも生まれていたし、お前が二歳か三歳の頃だろう。だが……クラトスがあの決意をしたのはお前たちがいたからだろうな」
「あの決意?」
「……」
聞き返してもユアンは黙ってジョッキを傾けるだけだった。小さく息を吐く。
「知りたいのならクラトスに訊け。お前の母親のこともな」
「……そうする」
「そろそろ出るか。会計を頼む」
給仕を呼んだユアンはそのまま全額支払ってしまった。慌てて財布を出そうとしたのを制される。
「私が奢るって言ったのに」
「いらん。お前に奢ってもらうほど落ちぶれてはいない」
顔を真っ赤にしたまま言っても全然格好良くはないが、きっぱりと断られたので私は渋々財布をしまった。
店を出ると冷たい夜風が頬を撫でる。私は結局酒を飲みはしなかったが、酒場の中がそれだけ熱気に溢れていたということだろう。
「ユアン」
夜でもメルトキオの街は人通りがある。特に酒場があるこの辺りなんかはまだ賑やかだった。
喧騒に紛れそうな声にも応えが返ってくる。
「なんだ」
「……お父さんは、行ってしまうのかな」
少しだけ世界が遠い。ユアンは相変わらず赤い顔で振り向いた。
「それも、私が言うべきことではない」
もう分かってしまったけれど――前から勘づいていたことだとしても、ショックだった。私が立ち止まったのにユアンも歩を止める。「レティシア」上から声が降ってくる。
「あれはそういう男だ。泣きたいのなら泣け。恨むのなら恨め」
「簡単に言うね」
「また、話くらいはしてやる」
いつのまにか地面を見つめていた私はばっと顔を上げた。ユアンは眉を潜めているが、気にならなかった。
「本当だな!?」
「気が向けばな」
「約束だからな。今度は私が奢る」
「そういうのはいいと言っているだろう、まったく。ほら、迎えだ」
ユアンの視線の先を振り向くと、クラトスが立っていた。どうしたんだろう。ずんずんと近づいてくる。謎の威圧感をまとっているのは何故なのか。
「レティシア。なぜユアンといるのだ」
「えーと、迷子になってたのを案内してもらったついでに一緒にご飯食べてた」
「そうか」
「それだけだからな、クラトス」
ユアンはひらりと手を振って、さっさと踵を返してしまった。冷たいように見えたけれど、あれだけ旅の話を聞いた後だと気安さのせいにも思える。私はこっそり笑った。
「クラトスはどうしたんだ?」
「お前の帰りが遅いから探しに出たのだ。迷っているならもっと早く探すべきだったな」
「だったらクラトスもユアンとご飯食べられたかもね」
それはそれで楽しかったかもしれない。ならロイドも一緒の方がいいかも。そんなことを考えていると頭に手を乗せられてぽんぽんと軽く撫でられた。思わず目を細める。
「行くぞ。もう遅い」
「うん、探させてごめん」
「構わん」
帰り道を二人で歩いていく。「ユアンと何を話していたのだ?」と尋ねたクラトスが頭を抱えたのはすぐ後だった。


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