夢のあとさき
33

リフィルとジーニアスが連行されている間、私たちは研究所の地下に軟禁されることになった。二人が本気を出せば逃げ出せてしまうと思うんだけど……いや、きっとそれはできないだろう。
リフィルとジーニアスはずっとハーフエルフであることを隠してエルフだと言い張っていた。それはシルヴァラントでもハーフエルフに対する差別が存在したからだ。人間を見下し虐げるディザイアンと同じハーフエルフ、そう考えてディザイアンでないハーフエルフをも忌避する人も多い。リフィルとジーニアスは何もしていないのに、同じ種族というだけで――彼らの居場所は人々の間にはなかったのだ。
幸いイセリアの人たちは姉弟を受け入れたが、それもジーニアスが村を追放されてしまったことで帰る場所がなくなった。リフィルとジーニアスには負い目がある。さっき連れていかれたときの表情でも分かった。
だったら早く助けなければ。私たちが二人を助けなくてどうするというのだ。
焦って考えを巡らす。その間にロイドたちはなにやら地下にいた研究員と話をしていた。
「……その子はウチのチームの研究サンプルよ」
プレセアを指して言う研究員に思わず眉根を寄せた。研究サンプル、という言葉にいい思い出はない。
「研究?なんの研究だ?」
「人間の体内でクルシスの輝石を生成する研究」
どうやらクルシスの輝石はエクスフィアと同じ方法でつくられているらしい。ハイエクスフィアとも呼ばれるクルシスの輝石。私は手の甲のエクスフィアを隠すように右手を握った。
ロイドはその話を聞いて激昂する。ディザイアンと同じ、確かにそうだ。ディザイアンと同じことをしている研究チームが、王立研究院にある。それが問題だ。
「そいつはテセアラの人間じゃない。シルヴァラントでハーフエルフやドワーフと育った変わり種だよ」
ロイドがハーフエルフを庇うのに困惑する研究員に応えたのはしいなだった。いつの間に忍び込んでいたらしい。
「しいな!どうしてここが……」
「くわしい話は後だ。ジーニアスとリフィルがメルトキオに連行された。今追いかければ助けられるはずサ!」
「本当か。しいな、助かる」
私は一刻も早く駆けだしたくて何かを言い募ろうとした研究員を睨んだ。これ以上ここで時間を無駄にしたくない。
「きさまら、邪魔をするなら叩き斬る。これ以上くだらないことをわめくな」
「あんたたち、逃げるつもりなの?」
「こいつらは親友のハーフエルフを助けに行くつもりなんだ。どーする?ハーフエルフのお姉ちゃん?」
「だ、だまされないわ。人間がハーフエルフを助けるわけ――」
「くだらんことをわめくなと言ったのだ!」
イライラして剣を抜く。それを研究員に突き付けようとするとゼロスにまた腕を掴まれた。
「また邪魔をする気か!きさまも斬るぞ!」
「おおっと、それは勘弁。だいたいどうやってここから脱出するつもりだ?聞けることは聞いておこうや」
「そうだよレティ。心配なのはわかるけど少し落ち着きな」
しいなにも諭されて私は唇を噛んだ。剣を鞘に納めて深呼吸する。
その間にロイドが研究員に秘密の抜け道を聞いてくれていた。リフィルとジーニアスを助けたら二人とここに来れば、プレセアを実験体から開放することも約束する。
「プレセアちゃんの研究ってのは、誰の命令だ?」
脱出間際にゼロスが研究員に問い詰めているのが聞こえる。なんとなく耳をそばだててしまった。
「それは……言えない」
「教皇、だな」
教皇が、クルシスの輝石の研究を?一体どういうことだ。クルシスもしくはディザイアンと繋がっているのだろうか。レネゲードはディザイアンの基地からエクスフィアを強奪していたのでエクスフィアもしくはクルシスの輝石を作っているとは考えにくい。
ひとつ頭に引っかかることがあったが、今は無視した。とにかくリフィルとジーニアスを奪還することだけを考えなくては。

グランテセアラブリッジで連行される二人に追いついたものの、跳ね橋部分を上げられて私たちは危うく転落死してしまうところだった。それをしいなの召喚した精霊の力で助けられる。精霊の力というのは魔法とも違ってかなりすさまじいな。
そこからは大したことはなく、騎士を全員ぶちのめして無事に二人を取り戻すことができた。
「ロイド!みんな!」
「……助けに、きてくれたのね」
「当たり前だろ。仲間なんだから」
「見捨てるとでも思ったのか?心外だな」
しかしやはり二人はハーフエルフであることを負い目に思っているようだった。それでもテセアラ組も一応は受け入れてくれるらしい。
頭領とやらの命令で私たちの監視を命じられたしいなも戻ってくることになり、私たちはひとまずレアバードの回収に向かうことになった。グランテセアラブリッジはしばらく渡れないし。
「リフィル、ジーニアス。怪我はしてない?」
「大丈夫だよ」
「ええ、特には」
例の山に向かう途中で二人に確認しておく。手を拘束されていたけど短時間だったので痕も残っていない。
「よかった。二人は悪いことなんてしていないんだから……別に黙って連れて行かれなくてもよかったのに」
「でも……隠して、ううん、騙してたんだよ。ボクたち」
「ロイドも言ったけど、だからどうした、だよ。別に二人がハーフエルフだろうがエルフだろうが人間だろうが何だろうが二人は二人じゃないの?……いろいろ、私が想像もつかないこともあったのかもしれないけど。できれば気を病まないでほしい」
差別されてきた人たちに言うのは酷なのかもしれない。それでも、正直なところを伝えるとリフィルはどこか苦痛そうに微笑んだ。
「そうね。……ありがとう。いつかそうできればいいと思うわ」
「うん。レティの気持ちはすっごく嬉しい」
やっぱりすぐには変わらないのだろう。二人の気持ちも、二人を取り巻く人たちも。難しいなあ、と私はため息をつきたくなった。


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