胡蝶の舞番外編
スノウ・ホワイト

※ホワイトデー(?)ネタ(元拍手お礼SS)
※本編4話くらい

庭に行くと告げると、こんなに寒いのに?と怪訝そうな顔をされたが外には出してもらえた。数日前に降った雪がまだちらほらと残っている。流石に雪が降ったその日は外に出なかったけれど、この世界に生まれてから雪に直接触るのは初めてだ。さくさくと踏んでみたり、手袋越しに触って雪玉を作ってみる。せっせと雪を丸めていると、ふと人の気配を感じて顔を上げた。
「ダミュ」
「よ。何やってんの?」
ひょいと身軽に木の上から降りてきたダミュロンもいつもより厚着だ。私は並べた雪玉たちを見て、「べつに」と答えた。
「ゆき、あつめてた」
「随分ちっちゃい雪玉だなあ」
ダミュロンが言いながら一つをつまみ上げる。確かにダミュロンの手の中では随分小さく見えた。
「てがちいさいから、しかたない」
「はは、確かに。手袋しててもレティの手ぇちっちゃいな。っていうか手袋ちっちぇ〜」
何が楽しいのかダミュロンはけらけら笑ってしゃがみ込んだ。ダミュロンに手を取られて比べられる。というか、ダミュロンは結構手が大きくてしっかりしている。私も手袋を外してダミュロンの指を触った。
「ダミュ、て、かたい」
「ん?ああ、タコとかできてっからかな」
「たこ?」
「剣とか握ってると皮膚が硬くなんのよ。レティみたいなお嬢様とは違うわけ」
ダミュロンは剣を使えるらしい。魔物がいるような世界だからあり得る話だ。物語ではお姫様だって剣をふるっていたし。
「ダミュ、つよい?」
「おーおー、もちろんよ。負けなしって言ったろ?」
いつか語られたダミュロンの武勇伝を思い出すが、あれは負けなしじゃなくて負け戦をしない、というほうが正しいと思う。まあ、ダミュロンみたいな人なら大丈夫か。魔物にざっくりやられてしまうほど間抜けには見えない。
それに、腐っても貴族だ。結界魔導器の外に出ることなんてそうないだろう。あっても護衛がつくはずで、ダミュロン自身が剣を取る機会なんてないはずだ。私は呑気にそんなことを考えていた。
「それよりお土産があんだよね、今日は」
「おみやげ」
「ほい」
ダミュロンが懐から取り出した紙袋を受け取る。油がちょっと外まで染みているそれは、ほのかにあたたかくていい匂いがした。
「パイ」
「そ、リンゴのパイよ。レティ甘いもん好きでしょ」
「うん」
作りたてのアップルパイに私は目を輝かせた。早速かじりつくと、幾層にも重なった生地のバターの香りとリンゴのフィリングの甘さが口の中に広がる。
「おいしい!」
「そらよかった。評判の店を選んだかいあったわ」
「ダミュの、ちがう?」
ダミュロンの持つ袋からは別のパイが顔をのぞかせていた。ダミュロンは甘いものがあんまり好きじゃないらしい。
「俺のはミートパイよ。一口食べる?」
「たべる」
「はいよ」
袋を交換してくれたので、ダミュロンの食べかけのパイにもかじりつく。ご飯系の味付けにもパイの生地がマッチしていておいしい。ダミュロンに返そうとすると、口もとを拭われた。
「食べかすいっぱいついてるぜ」
「ダミュもついてる」
「うおっと、まじか」
パイなのでほろほろと崩れてしまいきれいに食べるのは難しい。私も口周りにつけてしまっているが、ダミュロンだって服にもかすが落ちてしまっている。まあ、食べている間はいいかと気にせずに戻ってきたアップルパイをまた口に運ぶ。
「レティ結構いい食べっぷりだよな。ちゃんとご飯もらってる?」
「うん。しんぱいない」
「ならいいけど。ていうかあんまりおやつ持ってきたら太るかね」
ダミュロンは私の食生活を心配してくれているようだが、一応食事は三食出されているし、味も悪くない。一方で嗜好品はもらっていないので、甘いものを逃すわけにはいかなかった。
「ふとらない。あまいものがいい」
「ふは、わかったわかった。またおやつ持ってくるから」
食べ終わった私の服を払ってくれたダミュロンはそう言って立ち上がった。と思いきや、またしゃがんで私の作った雪玉を何やら握り始める。
「ダミュ?」
「ただの玉じゃ味気ないだろ。ほら、雪だるま」
その辺に落ちていた木の実を二つ埋め込まれた雪だるまを手渡される。私の手にはちょっと大きい。
「あんまり外いると風邪引くから気をつけろよ。じゃーね」
「ん」
身軽に木の上に登って塀の向こうに姿を消すダミュロンを見送る。「くしゅっ」くしゃみが出てきて、私も言われた通り屋内に戻ることにした。
「お嬢様。雪だるまですか。持って入ると溶けますよ」
屋敷の玄関でメイドに呼び止められる。それはそうだ。でも外に置いておくのもなんだか寂しい。
「おくばしょ、ある?」
「いえ、外に置いていただかないと」
「……ここにおく。こわすのだめ」
仕方ないので玄関先に置くことにする。ここならすぐ確認できるし。
メイドは嫌そうな顔をしたが、いつものことなので今更気にはしない。明日はダミュロンは来ないだろうけど、雪だるまは見に行こうと思った。

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