リピカの箱庭
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陛下には怒られはしなかったが、心配された。負い目があるせいか、陛下は私にはかなり甘いと思う。助かるけれど罪悪感もある。私を連れてきたその人選が間違っているわけではないし。『今まで』なら私は上手くやれていただろう。
ガイラルディアが戻ってきて、私のタガは緩んでいた。それが完全に外れたのがあのタイミングだったというだけだ。五歳の誕生日以来――いや、ホドを離れて以来、あんなふうに泣いたことだってなかったのに。もうこれまでと同じ振る舞いはできないのだと否が応でも思い知らされる。
そんな陛下は私がシェリダンに行くことには特に反対はしなかった。というかセシル元伯爵こと叔父様によろしくとまで言われてしまったくらいだ。
ジョゼットだけではなく、叔父様もガルディオス家の騎士にしても構わないと遠回しに言われたけれど、叔父を部下にするのは流石に軽々しく決断できない。マティアスのように、叔父様だって自分が築いてきた生活があるだろうし。

兎にも角にも、まずは地殻の振動を止める作戦を成功させなくてはならない。そしてシェリダンに行くにはアルビオールに乗ることになる。そんなわけで、私はガイラルディアとの約束どおり、飛晃艇に搭乗していた。
「わ……」
「すごいだろ!な!」
この世界で空を飛ぶ、というのは体験したことなかったが、なるほど、見えている世界が全然違う。おどろおどろしい、障気に満ちた魔界から外殻に飛び出してきたから余計にそう思うのかもしれない。嬉しそうに話しかけてくる隣のガイラルディアに私は頷いた。
「これがロマンってやつかあ……」
「さすが、レティは話が分かる!」
「実用的なのもいいね」
「そうそう、飛行譜石はもう見たか?シェリダンに着いたら操縦席も案内しよう!」
他に空を飛ぶものなんて鳥や魔物くらいなので、アルビオールはかなり自由に空を飛び回ることができる。当然陸路や海路よりも早くて便利だ。
改めて伝書鳩が飛ぶような世界で飛行機ってチートだな。パッセージリングとかディバイディングライン――大地を浮上させるなんて考えもだいぶぶっ飛んでいるけれど。古代文明スゴい。飛行譜石の研究に投資しようかな……。いや、たくさん飛行機が飛ぶようになったらレーダーとかの技術が必要になって浮けばいいという話ではないので、より高度な制御技術が必要になってくる。やはり無線の活用も必須だ。音素を使うこの世界の譜術と干渉しないのいいのが……逆に音素を活用すれば可能か?検討の余地がある。とりあえずは有線の連絡網を完成させるところからか。
はしゃぎ倒すガイラルディアに連れられて艦内を歩き回る私にエドヴァルドもイオンも、メシュティアリカやルークでさえも意外そうな顔をしていた。
「あんた、よくあいつに付き合うね」
というかイオンははっきりと言ってきた。ガイラルディアの音機関トークのことを言っているのだろうか。つい首を傾げてしまう。
「ガイの言葉を聞き逃す理由もありませんので」
「……」
「……?」
面白いし、ガイラルディアの興味のあることなら私だって興味がある。そういうつもりで言ったのだけれど、イオンは目を丸くして沈黙してしまった。どうしたのか。一方で導師はにこやかに感想を述べた。
「伯爵はガイと仲が良いんですね」
「そうですね、……ガイですから」
当然である。家族だからというありきたりな理由はメシュティアリカの前では言わないほうがいいと思って口を噤んだ。ガイラルディアの音機関トークくらいいくらでも聞いていられる。まあ、完全に理解できるかは別として。
「ガイ、伯爵、はしゃぐのはいいですがそろそろ着きますよ」
まだ私を連れまわそうとするガイラルディアにカーティス大佐が釘を刺す。念のため、私ははしゃいでいない。
……そういえば、カーティス大佐は特に意外そうな顔をしていなかったな。顔に出ないタイプというのもあるだろうけれど。
「もう着くのか……そうだ、シェリダンの街も音機関がすごくてな!」
「ガイ、遊びに来たのではありませんよ」
「そうだが……」
しょぼんと肩を落とすガイラルディアに、私はつい背中を叩いた。
「ガイ、うちの研究所でも音機関は研究しているから。そのうちシェリダンにも負けないくらいにしよう」
「本当か!」
「うん、任せて」
せっかくシェリダンに来たのだし、研究者をいくらか勧誘してもいいよね!金ならある。ガイラルディアの音機関好きを満足させるような研究所を、いや、街を作ってやろうではないか。帰ったらさっそくシミオンと相談しよう。あとは教育機関を充実させる必要があるから……なかなか長期の計画になりそうだ。こっちは落ち着いたらピオニー陛下に奏上するとしよう。
「あんたが言うと本気でやりそうで怖い」
「ガルディオス伯爵なら街の一つや二つ作りかねませんね」
「レティシア様、ほどほどになさってください」
イオンにカーティス大佐、エドヴァルドにまで口々に言われるが私を何だと思っているのか。街だってまだ一つしか作っていないですからね!


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