月の蒼天
03

そんなこんなでわたしはエステルとリタさん、ジュディスさんと帝都に買い物に来ていた。というか連れてこられた。ちなみにジュディスさんは今リタさんの護衛みたいなことをやっているそうだ。リタさんが各地に調査に行くのに、バウル――ジュディスさんの友人のおおきなクジラみたいな始祖の隷長――に乗せたりだとかの仕事だ。ギルド<凛々の明星>の人たちは案外個人で動いていることが多い。
が、集合していることも多い。
「あれ、ジュディス?帝都に来てたの?」
「あら、カロル。奇遇ね」
こんなふうにばったり出会うからだ。カロルさんのずいぶん伸びた身長を見上げる。
「リタはいいとして、エステルにレティシアも。久しぶりだね、どうしたの?」
「ちょっと、あたしはいいとしてってどういうことよ」
「ジュディスが今護衛してるからって話だよ!ちょっとリタ、痛い!」
リタさんとカロルさんのじゃれ合いが始まってしまったが、カロルさんがなんとか宥めて話を続行する。カロルさんは人の扱いが上手い。軽率なことも言うけれど。
「ちょっとエステルのところに寄ってたから買い物に来ただけよ。何か文句あるの?」
「ありません……。ああ、だったらレイヴンにも会ってく?この後会う約束なんだけど」
「本当です?ぜひ!」
ニコニコとエステルが答えるのと対照的にリタさんは「おっさんかあ」と肩を竦めた。あの時の一行の中で一番年上であるはずのレイヴンさん――たまにシュヴァーンさんの扱いは妙にぞんざいだ。それだけリタさんがレイヴンさんに気安いということだと思う。
「パティとあの風来坊はどうしたのよ」
「パティは港にいるよ。ユーリは僕も知らない」
「まーたどっかふらついてんのね。首領ならメンバーの居場所くらい把握しておきなさいよ」
「無茶言わないでよ!ユーリだよ?」
カロルさんの言葉は妙な説得力がある。個人的に、この神出鬼没っぷりに関してはユーリさんは剣持つひととよく似ていた。
「ユーリですからね」
「ユーリだものね」
エステルとジュディスさんも頷く。同じことを思っていたらしい。
「はあ……わからなくもないけど。まあいいわ、帰りの荷物持ちもできたことだし」
「ええっ、僕忙しいんだけど」
「なによ、薄情ね。ガールフレンドでも連れてきてるわけ?」
「仕事に連れてなんかこないよ!」
「たまには帝都くらい案内してやりなさいよ、愛想尽かされるわよ」
「うっ……いや、だから今回は仕事だって!」
リタさんとカロルさんがわいわいとにぎやかに話しているのを聞きながら私は手元の荷物に視線を落とした。別に荷物持ちがほしいというほどではないけれど、確かに量は多い。エステルもカロルさんと話したいと思うし、ハルルについてきてもらっても……いや、カロルさんは忙しいと言ってるわけだし。
「おーおー、にぎやかなこって」
「レイヴン!」
とかやっていると、こちらに歩いてくる人影が見えた。羽織をまとって、正直あんまりしゃきっとはしていないいでたちのレイヴンさんだ。一応騎士団にも片足を突っ込んでいるとは思えない風貌である。まあ、いつものことだし、ゆるっとした雰囲気と気遣いは安心する人だ。
「おっさん、遅いじゃない」
「リタっちがいるとは聞いてないんだけど?それにジュディスちゃんたちも」
レイヴンさんがこちらにもひらりと手を振る。
「やるねえ、カロル。両手両足に花じゃない」
「冗談はやめてよ、レイヴン。というか目立つから移動しようよ」
それもそうだ、こんな大所帯では往来の邪魔にもなる。カロルさんに促されてわたしたちは落ち着きのある食堂に入った。夜はお酒も出そうな雰囲気のところだ。
リタさんに粉をかけて殴られジュディスさんにあしらわれエステルににこやかにボケ殺されたレイヴンさんはこちらにも向き直る。
「レティシアちゃん、ひさしぶりだねえ。背伸びた?」
「はい、少し」
「そっか、なんか大人っぽくなって……」
そこでレイヴンさんは言葉を切って、まじまじとわたしを見つめた。
「……レティシアちゃん、もしかして好きな人できた?」
「はい?」
唐突に訊かれて驚きが優った。カロルさんが「何言ってんの?セクハラだよレイヴン」と呆れたように咎める。
「いやー、本当にかわいくなってるから。おっさんてっきり」
「おっさんにしてはいい勘してるじゃない」
「さっそく成果が出ましたね、レティシア!」
リタさんが頷きエステルがにこにこと拳を握る。そう、ここにくるまでわたしはいろいろと着飾られて化粧もしていた。こういうのを自分でするのは初めて――「前」は侍女の仕事だったので――なのだけれど、レイヴンさんは気づいたらしい。
「え?どういうこと?」
カロルさんはついていけないとばかりに頭をひねる。
「というか、レティシアの好きな人ってフレンじゃないの?」
そして口を滑らせた。カロルさんにもバレバレだったらしい。エステルがわたしを伺っていたので、頷いてみせる。どうせそのうちわかることなのだし。
「フレンと婚約したのよね」
「へー……へえっ!?」
ジュディスさんがさらりと言うのにカロルさんは一度頷いてから素っ頓狂な声を上げた。レイヴンさんは「あー、なるほどね」と訳知り顔だ。
驚くカロルさんにわたしは仕方なく昨日と同じように説明した。カロルさんは驚きに目を瞬かせたまま、うーんと唸る。
「それ、ユーリに言った?」
「フレンが言ってなければまだです」
「そっか……」
「何よ、あいつがどうかしたの?」
リタさんの追求にカロルさんは口ごもりながら答えた。
「なんか……面倒ごとの予感がする」
「面倒ごと?」
「うまく説明できないんだけど。ユーリが知ってどういう反応するか想像つく?」
そんな問いにその場の全員は首を傾げた。ユーリさんの反応か。驚く……かは微妙だけど……うーん。そもそもわたしもユーリさんのことをよく知っているわけではないし。
「言われてみりゃなーんか想像つかないね」
「大して驚かないんじゃない?ああでも、フレン絡みだものね」
「流石のユーリもフレンの婚約を知ったら驚くんじゃないかしら」
それぞれが口にする意見はなかなか合致しない。今度フレンに会ったらフレンにも聞いてみようかな。まあ、フレンがこの婚約にどういうスタンスなのか確かめきれていないから、もしかしたら言わないほうがいいのかもしれないけど。
レイヴンさんは気づいたけれど、フレンはわたしが着飾っていることに気がつくだろうか。自信はそんなになくて、わたしは小さくため息をついて膝の上でぎゅっと手首を――蒼い石のブレスレットを握った。


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