リピカの箱庭
ION/06

ガイは信じられない気持ちでイオンを見つめた。アクゼリュスでも、――レティシアもフォミクリーの研究をしていたのか。
「レティが……レプリカの研究を?」
呆然と呟く。ジェイドも静かにイオンを見返していた。
「……あなたはそこまで知っているのですね」
「僕を助けたのがそのフォミクリーの技術だからさ。もっとも、伯爵はあまりあれが好きじゃないみたいだったから妙に思ってたんだ」
禁忌に触れるように、ガルディオス伯爵はひどく慎重だったとイオンは思う。ひとを使った実験も忌避し、必要な場合はカウンセリングなどで被験者を必要以上に護ろうとしていた。そうしなくてはならないから、そうする。金を惜しむ様子がなかったのは、最低限の実験で済ませたかったからなのだろう。おかげで自分の命は助かったが――イオンは首を横に振った。
「故郷を滅ぼした技術を好きになどならないでしょうね」
ジェイドは嘆息する。ここまできたら、話さないわけにはいかない。
この先に進むには、ヴァンと対峙するためには。ガイも、他の皆も、このことを知っているべきだった。
「どういう……ことだ、ジェイド」
「私の一存では言うべきではないと考えていましたが、ここで話さないほうが不誠実でしょう。……ホド戦争が始まる前、ホドで行われていた譜術実験は全て引き上げました。ですが、フォミクリーの研究に関しては時間がなかった」
ガイは顔を引きつらせる。何を言い出すのか、もう予想がついてしまっていた。
「前皇帝はホドごとキムラスカ軍を消滅させる決定をしました。被験者を装置につなぎ、被験者と装置の間で人為的に超振動を起こしたのです」
「っ、兄さんが、ホドを……!?」
マルクトではキムラスカの仕業だとされていたホドの滅亡。それを実際に引き起こしたのが前マルクト皇帝の決定だと知って、一同は言葉を失った。
超振動で滅ぶ街。それはまるで――アクゼリュスのようだった。
「……それをレティシアは知っているのか、ジェイド」
手足の先から冷えるような感覚にガイは襲われていた。頭の中は煮えたぎっている。いや、混乱している。絞り出した言葉は妹がその事実を知っているかどうか問うものだった。
「ええ。知っています」
ジェイドはあっさりと応える。
つまり、レティシアは知っていてなお、マルクトの貴族でいることを選んだのだ。ホドを滅ぼした幼なじみ、その事実を赦した妹。――本当に?
「その代償に伯爵は、フォミクリーの研究を行う権利と、アクゼリュスを望みました。……あなたはどうしますか?ガイ。グランツ謡将の同志のままでいることを選びますか?」
「大佐!そんな言い方……!」
吐き気がする。ガイが視線をどうにか上げると、心配そうな顔でこちらを見ているルークが映った。
「……俺はもうヴァンとは目的が違う。今更あいつとはいられない」
その声は、ガイ自身が思ったよりもはっきりと響いた。
ヴァンがレティシアを傷つけるつもりがなかったとしても、故郷を滅ぼしたのがマルクトだったとしても、答えは変わらない。フォミクリーで世界を模造するなど、ばかばかしい。ヴァンに言った言葉は紛れもなくガイの本心だった。
カースロットに増幅されるような憎悪が、身を焦がしてはいても。
「そうですか。ならば、いいでしょう」
「やけにあっさりと引くな、ジェイド?」
「こちらにも事情があるのですよ」
ジェイドの表情は眼鏡に遮られて見えない。「ガイ……」心細そうに名前を呼んでくるルークをガイは振り向いた。
一方でジェイドはイオンに向き直る。
「これであなたの疑問は解決しましたか?ノイ」
「大体はね。……まあ、」
伯爵の考えていることは分からないけど、とイオンは内心呟いた。
大陸の降下に協力的で、ヴァンの計画を是としないことは分かっている。だが、伯爵が一体何を考えて行動しているのか、イオンには分からなかった。
少なくともレティシアはマルクトに従順な人間ではない。それはホドがマルクト皇帝によって滅ぼされたも同然であることから明らかだ。ついでにジェイドにあたりが強いのは、彼がフォミクリーの発案者であることと関係があるのだろうと思う。
だが、伯爵はマルクト貴族として、平和のアイコンとしてふるまってきた。今回の戦争だって被災者の受け入れはほぼホドグラドで行われている。無辜の民を傷つけたくはない、そう思っているのが本心だとしても。
――本当に、それだけだろうか。同じ経験をしたヴァンがあの結論に辿り着いたのを見ると、どうにも腑に落ちない。
「それにしては浮かない顔ですねえ」
イオンは肩を竦めた。胸にある考えとは別の言い訳を舌にのせる。
「考えることがあるんだよ、こっちにも。預言のこととかね」
「あなたのレプリカを殺した預言、ですか」
「偶然かもしれない。でも預言があればそれは必然になる」
イオンは言いながら気がついていた。自分のレプリカのことなんてどうでもいいと思っていた。けれど導師にああ詰め寄ったことといい、自分の身代わりにレプリカが死んだと示唆されてショックを受けたこといい――今はもうレプリカをただの道具だとは思っていないらしい。
ただの身代わりなら、そうやって死んだところで何も感じなかったはずなのに。妙なものだ。それは自分がレプリカと時間を過ごしたからなのか、同じオリジナルとレプリカであるアッシュとルークを見ていたからなのか。イオン自身にもよくわからなかった。
「預言に踊らされるのはもうやめたと思っていたけれど」
「人はそう簡単に変われないということです。誰だってね」
ガイを信じると言うルークを二人は眺める。
だが、変わることもできるはずだった。


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