リピカの箱庭
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神託の盾騎士団の一兵卒に扮した私とイオンは本部のはずれに来ていた。手にした箱には魔物の餌が入っている。これを届けに来たという設定、というか実際に届けに来たのだった。
魔物が主戦力の第三師団は人の多い場所に拠点を持つわけにはいかない。ある意味人目が少ないので侵入が楽な場所でよかった。これでアリエッタがいる場所が別だったら面倒なのだけど、生きているならグランツ謡将が彼女の能力を活用しないで捨て置くということはないだろう。
魔物の餌を持ち運んでいると特に見咎められることもなく簡単に侵入できた。制服も紛れ込むのにかなり威力を発揮してくれていて、マティアスに感謝である。魔物を収容しているという建物は薄暗く、どこかじめじめしていた。さて、どこからアリエッタを探そうか――そう考えていると足音が聞こえてくる。白衣を纏った女性がけだるそうな雰囲気でこちらを見ていた。他の兵士とは違う服装、導師から聞いた元研究者であるという情報からおそらくこの女性が六神将の一人、カヴァティーナなのだろう。
「何、あんたたち。ああ、餌?その辺に置いといてちょうだい」
「承知しました。ところで――」
私はちらりとあたりを見回す。他の兵士の姿はない。
「例の少女についてはいかがしましょう」
「だから魔物と同じでいいって言ったじゃない。魔物に育てられたんでしょう?おんなじよ、アレ。言うこと聞きやしないもの」
よし、かかった。違えばとぼけようと思ったが、口ぶりからしてアリエッタがこの塔にいることは間違いないようだ。イオンがそわそわしているが彼女は気がついていないようだった。
「だいたい閣下も無茶なのよね。さっさとレプリカを補充してくれればいいのに、あんなのを押し付けてくるなんて……こんなことになるんだったらレプリカの運用なんて引き受けるんじゃなかったわ」
鬱憤がたまっていたかのようにぶちまけられる。迂闊だがこちらとしてはありがたい。そうか、あの人に従う魔物たちはレプリカだったのか。レプリカのイオンが生まれてすぐ導師の務めを果たせたように、レプリカにはある程度刷り込みが可能だ。元研究者というのがレプリカ研究者というなら納得できる。
しかし、グランツ謡将はレプリカの魔物の軍団を運用し続けるよりもアリエッタの魔物を調教する能力を活用するのを望んでいるようだ。レプリカを作るにもリソースが必要なのだから、アリエッタの能力ですでに存在する魔物を使った方が楽に決まっている。それに……レプリカなら今後は別のものを作らなくてはならないのだろう。
さて、とにかくアリエッタがここにいることは分かった。さっさと助け出してしまいたいものだが、ここには魔物がいるのだから使わない手はないだろう。
「カヴァティーナ様もお忙しいのですね。心中お察しします」
「ええ、ホントよ」
「ですが、お忙しいのも総長がカヴァティーナ様のお力を認められているからでしょう。ご聡明なカヴァティーナ様でしたら総長のお望みを叶えることができるのではありませんか?」
「私が、閣下のお望みを……?」
私は頷いて彼女の瞳をじっと見つめた。
「あの娘を使って師団を再編しろというのね」
「捨て置くだけではもったいないではありませんか。上手くやればカヴァティーナ様もご自身の研究ができるのではないでしょうか」
「まあ、そうね。確かにあの娘に魔物を任せられれば成果も認められるわ。そうすれば私は研究に戻る権利を得られる……それなら……」
彼女も別に単純にアリエッタを嫌っているわけではない。思い通りにいかないことが気にくわないだけなのだろう。実際、理論立てて考えればすぐにやるべきことに気がついてくれる。ご機嫌取りなんて簡単なものだ。
ぶつぶつと呟く彼女に私はなるべく平坦な声をかけた。
「では、我々は餌を配分してきます」
「ええ……ありがとう」
その辺に置いとけと言われてしまったが、アリエッタに接触しなければ意味がない。箱を持ったまま奥へ向かっても彼女は何も言ってこなかった。十分離れたところでイオンがじっとりとこちらに視線を向けてくる。
「どういうつもり?」
「先にアリエッタを探しましょう」
「……わかった」
塔の上階には檻がいくつもならんでいたが、空きがほとんどだった。これがいっぱいになっていたと考えるとなるほど、タルタロスの襲撃も可能だっただろう。適当に箱の中身を減らしながら上へ登って行って、アリエッタがいたのはライガと同じ檻だった。
「アリエッタ!」
思わずといったふうにイオンが声を上げる。うずくまっていたアリエッタはそれにはっと顔を上げて、そして零れ落ちんばかりに目を見開いた。
「イオンさま……!?」
「ノイ、静かに。アリエッタもですよ」
感動の再会ではあるのだが、カヴァティーナや他の兵士がここにこないとも限らない。念のため注意すると、ノイは頷いて、鉄格子越しにアリエッタに手を伸ばした。
「アリエッタ。よかった、無事で」
「イオンさまも……、死んじゃったって、言ってた、のに」
ぐすぐすと鼻を鳴らすアリエッタはよく見るとずいぶんと痩せこけていた。カヴァティーナのあの言い草を考えると、ろくに食事を与えられていなかったに違いない。箱の中にあるのは魔物用の生肉だし、こんなこともあろうかと思って準備していた非常食をアリエッタに手渡した。
「伯爵さま……?これは?」
「申し訳ないのですが、あなたにはここでもうちょっと協力してもらいたいのです」
「何を考えてるんだ」
憤りを隠さないイオンが突っかかってくるが、とりあえず落ち着いてほしい。私だってアリエッタをこんな場所からすぐに出した方がいいというのは分かる。だが、今騒ぎを起こすのは得策じゃない。
「この第三師団を徹底的に潰して、ついでに導師とナタリア姫を救出します」
二対の瞳が私を見た。さて、このイレギュラーに片をつけようか。


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