夢のあとさき
26

朝、起きるとロイドとクラトスは既に宿の外にいた。どうやらクラトスが何者かに襲われたらしかった。無事だったが、急いだ方がいいだろう。
ハイマの崖の上まで登っていくと竜が四頭待っていた。クラトスは護衛としてコレットと乗るというので、残りは姉弟二組としいなで別れることにする。
「……もう、戻れないか」
私は呟いて竜に乗り込んだ。

険しい山も竜はあっという間に越えていって、遠くに見えた救いの塔に着いてしまう。私とロイドが最後だったようで、塔の入り口にはリフィルとジーニアス、しいなが待っていた。
「コレットたちは?」
「もう中に入ったみたいね。早く行きましょう」
コレットたちが先に……?どういうつもりだろう。疑念が募るがとにかく中に急ぐ。
塔の中、私たちの足下にはたくさんの棺が浮かんでいるのが見えた。ぞっとする光景だ。リフィルが「今まで世界再生に失敗した神子かもしれないわ」というが冗談じゃない。
これまでどれだけの神子が犠牲になってきたんだ。コレットだけじゃないと考えるとますますこの世界の仕組みがおかしいと思えてくる。
先に進むと、はたしてコレットは跪いて祈りを捧げていた。そこに光が射し込み、レミエルが降臨する。
「さあ、我が娘コレットよ。最後の封印を居間こそ解き放て。そして人としての営みを捧げてきたそなたに最後に残されたもの、すなわち心と記憶を捧げよ。それを自ら望むことで、そなたは真の天使となる!」
ああ、と崩れ落ちそうになってしまった。これが最後なんだと分かったからだ。知らなかったロイドたちにリフィルが説明した。
「世界を再生すれば、それと引き換えにコレットが死ぬ。死ぬと言うことが、天使になるということなの」
「それは少し違う。神子の心は死に、体はマーテルさまに捧げられる。コレットは自らの体を差し出すことでマーテルさまを復活させるのだ。これこそが世界再生!マーテルさまの復活が世界の再生そのもの!」
リフィルの言ったことは私も知っていたが、マーテルに体をささげてマーテルを復活させるというのは知らない。どういうことだ?今まで世界再生に成功してきた神子もいたはずなのに、なぜマーテルは目覚めていない?スピリチュアの伝説は八百年前なので器となった神子の体が滅びてしまったのか?
私が考えている間にリフィルがテセアラについてレミエルに質問していた。「クルシスでも両方の世界を平和で豊かな世界にすることはできないのかい!」としいなも叫ぶ。
「……神子がそれを望むなら、天使となって我らクルシスに力を貸すと言い。御子の力でマーテルさまが目覚めれば、二つの世界は神子の望むように平和になろう」
やはり分からない。マーテルが目覚めればなぜ平和になるんだ?マナの問題はどうやって解決すると?
クルシスが再生の神子を旅させていたというのは確実で、ならばマナの管理も彼らがしているのだろう。彼らには女神マーテルが目覚めないと二つの世界を平和にできない、つまりマナを生み出せない理由があるということか?
しかし、今の言葉でコレットは決意してしまったようだった。
「まさか本当に……死ぬつもりかい?」
しいなが言ったのにコレットは振り返る。その顔を見れば分かってしまった。
私は唇を噛んだ。口の中に鉄の味が広がる。
「だめだ!コレット!おまえが犠牲になったらおまえのことが好きな仲間も家族も友だちも、……俺も!みんなが悲しくて犠牲になるのと同じだ!」
ロイドが叫ぶ。そしてコレットに駆け寄ろうとしたが、止めたのはジーニアスだった。
「はなせっ!ジーニアス!」
「ボクだって、コレットが変わってしまうのはイヤだけど、それならどうすればいいの!シルヴァラントのみんなも苦しんでるんだよ!」
「それは……」
答えに窮してしまうロイドにレミエルはことを進めてしまっていた。それでいいのかと内心で叫ぶ。私はコレットに駆け寄ろうとして、リフィルに腕を掴まれていた。
「リフィル……」
首を横に振られる。分かってるんだ。このまま答えのないままコレットを助けてどうするのかって。他に手だてがなければきっとコレットはまた心を捧げようとしてしまう。
私は、間に合わなかったのだ。
「待てよ!レミエル!本当に他の方法はないのか?コレットはあんたの娘なんだ。あんただって本当にコレットが死ぬことなんて望んでないんだろ!」
ロイドはコレットに駆け寄っていた。まくしたてるロイドに――レミエルが見せたのは侮蔑の表情だった。
「……娘だと?笑わせる。おまえたち劣悪種が、守護天使として降臨した私を勝手に父親呼ばわりしたのだろう」
「な……なに……」
「私はマーテルさまの器として選ばれたこの生贄の娘に、クルシスの輝石を授けただけだ」
コレットはレミエルの娘ではない。私たちを劣悪種と呼ぶレミエルに急に頭が冷めた気分だった。
レミエルはハーフエルフだ。間違いない。――ディザイアンなのか?
エンジェルス計画という言葉。ハーフエルフの天使。神子としてコレットを「選んだ」神の機関、クルシス。
マーテルの復活。器となる神子。二つの世界。限られたわずかなマナだけをやりくりするシステム。
この仕組みを作ったのは誰だ。
考えている暇はなかった。コレットはロイドが止めるのにも応じず――いや、間に合わず、私たちの前で天使となってしまったのだ。
感情のない赤い瞳。それはコレットのものではない。
「きさま!ゆるせねえ!何がクルシスだ!何が天使だ!何が女神マーテルだ!コレットを返せ!」
ロイドが激昂する。それはあまりに遅すぎた。
「そうは行かぬ。この娘はマーテルさまの器。長い時間をかけてようやく完成したマーテルさまの新たな体なのだから!きさまたちにもう用はない!消えろ!」
ここでレミエルを倒しても何の意味もないだろう。それでも、向かってくるのなら。
私は剣を抜いた。


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