夢のあとさき
24

マナの守護塔を出た後、コレットが急に崩れ落ちた。例の天使疾患の症状がでるときのものらしい。ロイドが声をかけるが、コレットはただ唇を動かすだけだった。
「コレット、どうしたんだ!?」
「……声を失ったのではないか」
まさか、と思ったが、コレットの表情を見るに間違いないだろう。
味覚と触覚が失われ、眠ることもできなくなったコレットから今度は声までも奪うというのか。天使になるとはどういうことなんだと思ってしまう。レミエルは喋っていた。だから途中経過としてこうなることはあまり納得できない。
……人でなくなっていることは確かだ。食事も睡眠も必要としないのは、生き物ですらない。天使は……生きていないのか……?
生きていないとすると、死ぬこともない、のだろうか。

その日はコレットを休ませるために野営することになった。みんなで黙りこくって焚き火を囲んでいると、急にしいなが立ち上がって話を始めた。
「……みんな、きいてくれないかな」
しいなの話は「もう一つの世界」であるテセアラのことだった。シルヴァラントの裏に存在するテセアラ。この二つの世界の間でマナはやりとりされているのだという。片方に存在するマナはもう片方に流れ込む。まるで砂時計のように。
「じゃあ神子による世界再生は、マナの流れを逆転させる作業なの?」
「そういうことだね。神子が封印を解放すると、マナの流れが逆転して封印をつかさどる精霊が目を覚ます。あたしはこの世界再生を阻止するために送られてきた。越えられないはずの空間の亀裂を突き抜けて、テセアラを守るために」
なるほど。マナがどこから湧いてくるのか不思議だったけど、テセアラから流れ込んでくるのか。話を聞くに、テセアラはずいぶんと繁栄した世界らしい。
二つの世界を同時に繁栄させるためにはマナが足りない。だから交互に入れ替えている?どうして、片方の世界だけを残さなかったんだ?いや、そもそもなぜ世界が二つあるのか。
月へ向かったと言い伝えられていたテセアラの民。そのきっかけを作ったのは、古代大戦を終結させたという勇者ミトスだ。
「おとぎ話のようにマナを生み出す大樹はこの世のどこにもない。私たちは、限られたマナを切り崩して生きているのよ」
リフィルはそう言うが、私は疑問を投げかけた。
「それだと、大いなる実りというのはなんなの?」
「勇者ミトスの魂、でしょう?」
ジーニアスが答える。ちなみにロイドは知らなかったらしい。
「なんで勇者ミトスの魂がマナを生み出すの?おかしいよ。大樹は枯れてしまったかもしれない。でも、四千年間二つの世界は維持されてきているんでしょう?マナの消費は少なからずあったはずだ。マナを生み出すなにかは確かに存在してるんじゃないの?」
「……それがあるとして、どうするのだ」
低い声が私の言葉に応じる。まるで無駄だと言っているような声色で、むっとしてしまった。
「マナがあれば、問題は解決する。そうでしょう」
「あるかないか分からないものを探すというのか。あったとしても今以上のマナを供給できるか分からないのにか?」
クラトスの言葉は相変わらず冷静だ。私だって、自分が言ってることが正しいか分からない。思わず立ち上がって拳を握る。
「でも……っ、それさえあれば、コレットは天使になんてならずにすむ!大いなる実りは何かのせいで成長できていないだけかもしれない!」
「四千年間成し得なかったことをお前が成せるというのか」
「成せないかもしれない、でも、できるかもしれない!」
「その間シルヴァラントの民はどうするのだ。できるか分からない事のために捨て置かれるのか」
「それは……」
言葉に詰まる。世界再生を成し遂げないということは、そういうことだ。今は封印を解放してマナが増えている。でも、きちんと流れを逆転しないといずれもどってしまうだろう。もっとも――流れを逆転したのなら、今度は貧しさにあえぐのがテセアラの民になるというだけだろうけど。
「でも、何も変わらない。コレットが世界を再生するだけじゃ、シルヴァラントがテセアラに、テセアラがシルヴァラントになるだけだ。根本的な解決にはならない……」
くい、と袖を引かれる。コレットが悲しそうに微笑んでいた。
「コレット……」
私の手を取ったコレットはてのひらに指をなぞらせた。何か、文字を書いているらしい。
「レミエルさまに、おねがいしてみる。ふたつのせかいをすくうほうほうがないか……。でも、それだと……」
『だいじょうぶだよ。レティ、とめないで』
てのひらに綴られた文字に私は唇を噛んだ。コレットに、こんなことを言わせてしまうなんて。私の力が……足りなかったからだ。
「……もしもうまくいかなかったら、あたしはやっぱりアンタを殺すかもしれない」
「しいな!」
しいなはあくまでテセアラ側の人間だ。彼女の道は、私たちとは違う。
『そのときはわたしもたたかうかもしれない。わたしもシルヴァラントがすきだから』
「……わかったよ。どうあってもアンタは天使になるんだね」
コレットは肯定するように微笑んだ。私はすとんと腰を下ろす。止められないと分かってしまった。
……コレットのことを尊重するなら止めないべきだ。でも、コレットは本当にそれを望んでいるのか?やっぱり、自分ひとりが犠牲になってシルヴァラントが救われるならいいと思ってるのか?なにが、コレットのためで……どこまでが、私の独りよがりのエゴなんだろう。
顔を覆って俯いた。
迷ってる時間なんてないはずなのに、私は自分の道を選ぶことがまだできていなかったんだ。


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