胡蝶の舞
幼少期編-2

転生した先がゲームの世界とは気がつかなかったが、そのゲームの記憶も薄れてきている。何より今時間軸のどこにいてこれから何が起きるのかもわからないのだ。確かなのは結界魔導器があるのでエンディングより前ということで、現状はそれ以上考えても意味がないという結論に達した。
景色に覚えがないので、この街は帝都、もしくは作中に出てきた他の街ではないはずだ。どこかの地方都市だったら何も関わらない可能性の方が高いだろう。そんな国の存亡をかけた戦いだったりはなかった……と、思う。いや、あったけど瀬戸際で食い止めた的な?兎にも角にも幼児にできることはなさそうである。
そんなわけで思考を放棄してきままなお子様ライフをエンジョイしている私だが、もっぱらの楽しみはダミュロンと遊ぶことだった。
ダミュロン――うちの屋敷に不法侵入した挙句私みたいなお子様に見つかった間抜けな男はやはり貴族らしい。しかも放蕩息子っぽいので確実に次男以下だろう。最初に会った日から二週間後にまた現れてからは、一週間に一度くらいは遊びにきてくれる。
「レティも俺みたいなのと遊ぶよりもっと楽しいことあるんじゃないの?」
「ダミュいがい、あそぶひとない」
ダミュロンと話すようになって喋るのもある程度上達したと思う。ダミュロンは「あー」と気まずそうな顔をして私の頭を撫でた。ぐしゃぐしゃと遠慮なく撫でられるのは髪がボサボサになってしまうけど好きだった。
「まー、レティのお家じゃねえ……仕方ないか」
「?」
ダミュロンは私の家のことを私以上に知っているようだったが、それ以上は教えてくれなかった。つまらない。その代わりにダミュロンのくだらない武勇伝だとか、木登りとか、歌とか、草笛の吹き方なんかを教えてくれるので許した。
「レティ、思いのほか運動神経いいんだな」
思いのほかとはなんだ。心外ではあるが、確かにまだまだ手足は短いし頭も重い。油断するとすっ転びそうになるのは相変わらずだ。
「ダミュは?」
そういうダミュロンはどうなのだろう。訊いてみると彼はニヤリと笑った。
「俺は運動は得意だぜ。こないだ話したろ?喧嘩も負けなしだって」
それはダミュロンの腕力というより立ち回りの上手さな気がする。なんというか、話を聞いている限りはダミュロンは非常に要領のいい男のようだった。男といっても、成人はしていない――この世界で成人年齢が二十歳かどうかわからないが――ような歳の割に、である。
「ま、最後にモノを言うのは逃げ足だけどな」
「にげる?」
「ヤバくなったら逃げるのが鉄則。覚えときなー」
そんなことを私に言ってどうするんだろう。ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられながら、それでも納得していた。やんちゃしているダミュロンが今まで無事なのは引き際の見極めもあるのだろう。
「でも、にげなかった」
ただ、不思議なことが一つある。ダミュロンは「ん?」と首を傾げた。
「みつけたとき」
「え?何を?」
「ダミュ、きのうえ。みつけたとき」
そう、ダミュロンは私に見つかっても逃げなかった。それどころかこうしてこっそり忍び込んで遊び相手にまでなってくれる。遊び相手なんて、それこそ山ほどいるだろうに。
「あー、レティに見つかったときな」
「ん。なんで?」
「何でだろうなあ」
真面目に答える気はないらしい。私はむっとしてダミュロンの膝によじ登った。
「おっ?」
「ダミュ、こたえる」
「いや、理由なんて分からないって。何となくだよ」
「なんとなく」
「そうそう。強いて言うならレティが――妖精みたいだったからかな」
はあ?自分が怪訝な顔になっているのがわかる。妖精って、絵本には出てきていたが、あれは架空の生き物のはずだ。ダミュロンみたいな大人が信じているのだろうか。
「ようせい、ない」
「いや分かってるけどさ。何というか、雰囲気かなー」
よくわからない言い訳をするダミュロンにこれ以上聞くのは無駄だと判断して私は膝から降りようとした。が、ひょいと抱き上げられてしまう。びっくりして抵抗し損ねた。
「レティ、前より重くなった?」
なんてことを聞くんだ。別にいいけど。
「……せいちょうき」
「なるほど。あったかいなー」
確かにここのところ外に出ると肌寒くなってきたので、抱きしめられるとあたたかい。自分で歩けるようになってからは使用人にも抱かれることはなくなったので、なんだか人肌の温もりを感じるのも最近はこんなふうに抱き上げてくるダミュロンだけだ。家族でもないのに変な感じ。
「あったかい」
「レティはこんなあったかいから妖精じゃないよな」
「ようせい、つめたい?」
「言われてみればどーだろうな」
くだらないことを喋りながらダミュロンの腕の中でぬくぬくする。気づいたら眠ってしまいそうになって、慌てたダミュロンに揺り起こされた。


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