胡蝶の舞
胡蝶の舞

(!)アレクセイ娘主@ザウデ
(!)書きたいところだけ


幻想的な広間だ。この世界のどの建築よりも、もしかしたら古く美しい。そこに響く剣戟すらも美しいと思えた。ぞくぞくと肌が粟立つ。この厄介な性質は父譲りだろうかと、場違いな笑みを浮かべてしまった。
幾人かの男女がそれぞれ武器を携えている。それを阻むのは一人の男だった。多勢に無勢とでも言うべきか、確実に押されはじめている男を見て父上もひどい命令を下すものだと考える。そして、この戦いを見守る二つの気配もよく躾けられているものだ。
男の胸から光が迸る。それは命そのものの光だ。生命力を糧にして動くその魔導器の最後の力さえも使い切ってしまったのなら、もう命はないだろう。
私は剣を抜いた。気配を殺すのはやめて、足首の魔導器を発動させる。これほどだだっ広い空間であろうと、一跳びで距離を詰めることくらいは可能だ。
私は男と、そして剣を振りかざす黒髪の青年の間に割り込むように刃を振るった。
「な――ッ!」
無骨な、それでも美しい金属の触れ合う音が響く。とっさに下がった黒髪の青年は私を睨んだ。
「あんた、確か……」
「レティシア殿!」
名前を呼んだのは立派な鎧を着た、金髪の方の青年だ。私は口角を吊り上げた。
「今更そう畏まらずともよい、シーフォ隊長。いや、今は団長か?」
剣を緩やかに下ろす。気は一つも抜かない。負けるつもりは毛頭ないが、そもそも争う気もない。
「あなたは……なぜ、ここに」
「なぜ?私は君が打ち倒さんとする反逆者の娘だ。ここにいては不思議かね」
「あなたも、アレクセイに味方しているんですか!レティシア……!」
悲痛な声を上げるのは桃色の髪のお姫様だ。私は今度はやわらかく微笑んでみせた。彼女の表情が一瞬驚きと期待に染まる。
「あなたにはこんなところではなく城においでになってほしかったのですがね、姫。無茶をなさらぬよう申し上げても無駄なのでしょう」
「答えて……答えてください」
「やれやれ、あなたにそのような顔をさせるのは私も本意ではありません」
顔を歪める彼女にそれだけ言って、私は今にも倒れそうな男を振り向いた。イエガー、父上に命さえ握られた男の一人だ。
「……何のつもりでーす?レディ」
「お前ともあろう者が少女を泣かせるものではない」
「フ、命令したのはユーのファザーよ」
「知っている。早く立ち去れ。ここは長くはもたない」
気配に視線をやると察したのか二人の少女が飛び出してきた。イエガーの配下の彼女たちは満身創痍のイエガーに駆け寄って彼の体を必死に支える。
「おいおい、見逃すと思って?」
唯一敵意をむき出しにして武器を構えた男に私は視線を向けた。彼がここまで感情を露にするのは珍しいことだ。初めて見たかもしれない。
「……ドン・ホワイトホースの仇討ちか。だがシュヴァーン、いや、レイヴン。あれはお前も知っての通り父上の命令だ。お前が姫にしたことと何が違うのだ」
「おっさんはエステルを殺してないわよ!」
「だが死んでもおかしくはなかった。助かったのは運が良かっただけだろう」
彼女は本来助かるはずがなかった。今ここにいるのだって噛み付いた天才少女がたまたま仲間にいたおかげである。そうなると私は知っていたのだが。
喋りながら少女たちにさっさと行けと顎で促す。イエガーの意識はもうほとんどないようだったが、ここを出るまで持つだろうか。間髪入れずに放たれたシュヴァーンの矢を叩き落して彼らを見送る。
「お嬢!」
「ここはその刃を下ろすのだな。あれが君たちを助けたのもまた事実だろう?」
「そうだな。レイヴン」
「くそ……ッ」
黒髪の青年――ユーリ・ローウェルに言われてシュヴァーンは武器を下ろした。ここでイエガーを追うことで父上を止められないとなれば本末転倒であることを彼自身理解しているのだろう。
「だけどよ、あんたは何のつもりだ?イエガーはアレクセイの命令で俺らの足止めをしてたんだろうが」
「なに、シュヴァーンも生き返ったのだからな。機会は均等に与えられるべきだ。なによりこんなところでつまらぬ巻き添えを喰らって死ぬというのもイエガーに悪い」
「ますます分かんねえな」
ユーリが呟く。別に構わない。理解してもらったところでどうにもならないし、あと少しで嫌でもわかることだ。
「じゃあ、あなたが私たちの足止めをするのかしら?」
涼やかに微笑むクリティア族の美女はぎらぎらと好戦的な瞳を隠そうとしない。彼女も戦闘狂の気があるのだろう。一度手合わせをしてみたいものだが。
「それも楽しそうだ」
「お嬢、あんたほんとに何がしたいんだ。あんたが敬愛する父上を裏切るとは思えないけど?」
シュヴァーンが本当に困惑したような視線を向けてくる。裏切り――になるのだろうか?私は父上を止められなくて、この結果を招いてしまっただけだ。招いてしまった以上は最後まで舞台が整うか見届ける責任があると思う。
「改革というのは成功させるにも条件がそろわねばならない」
指を一つ立てる。
「まずは皇帝」
姫が胸の前で指を組んだ。二つめを立てた。
「評議会の愚か者」
ユーリが眉をひそめる。三つめ。
「ギルドの首領――ノードポリカの統領もここに入るな」
大きな鞄を持った少年――凛々の明星の首領のカロルが鞄の紐をきつく握りしめた。そして最後だ。
「騎士団の団長」
フレンが息を呑む。まさか、と唇が動いた。
そうだ。前者三つはもう亡い。宙の戒典が持ち去られ、前皇帝が亡くなったときから皇位は空いたままだ。ユーリが評議会の過激派を始末し、父上の引き起こした騒動によって評議会の権威は地に落ちた。ドン・ホワイトホースのいないギルドは烏合の衆で、そして。
「さて、父上も悪夢から目覚める時間だ」
私は彼らに背を向けて歩き出した。後ろから「待て!」と声がかけられるが、時間稼ぎは十分だろう。このまま父上の待つ最奥へ向かえば、幕引きだ。
「アレクセイすらも……利用する、ってのか」
「馬鹿なことを言うな。私は改革に興味などない」
ユーリの言葉に振り向かずに答える。そう見えるのは否定しない。だが、これから起こることに私は首を突っ込むつもりなんて毛頭なかった。
「改革を、革命を成すのは私ではない。――君たちだろう?」
そのために、星喰みが起こされるのだ。それだけだった。


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