夢のあとさき
21

水の封印はソダ間欠泉にあるらしい。つまりハコネシア峠を越えてパルマコスタの方面へ向かう必要がある。
「契約かあ〜、どんなんだろーな!」
さっきからロイドはこればっかりだ。一度ジーニアスとクラトスに「飽きっぽいのに」と畳みかけられてもこの調子なので、契約するまでずっと言ってるんだろう。
「ロイド……ずっとこんな調子だったの?」
「うん、封印解放も途中で飽きたとか言いはじめて」
「想像がつきすぎるね」
こそこそとジーニアスと会話を交わす。目新しいことが好きでもすぐ飽きちゃうから、旅も途中で放り投げかねないと思ったけど。ちゃんとついてきてるってことはロイドも成長したんだろうか。……見た感じは不安が残る。
「姉さん、ジーニアス!何こそこそ話してんだよ」
「ロイドが旅の間どんなだったのかな〜って聞いてただけー」
「ジーニアス変なこと言ってないだろうな」
「本当のことしか言ってないよ」
「ならいいけど」
いいのか。変に潔いからね、ロイド。
「それより俺、剣も上達したと思わねえ?」
「前よりは良くなったと思うよ。二刀流始めるって言いだしたときはどうしようかと思ったけど」
「それわっかんねえんだよなー。二刀流にすれば二倍強いだろ?」
「そこまで上達しても分からないんだ、ロイド……」
上手くなればなるほど二刀流の隙とかがどうしても見えてくるはずなんだけどロイドはそうでないらしい。
私はちらりとクラトスを見た。クラトスはかなり腕が立つので彼の剣を見てて学べたことがあったのかな。
「姉さんも一緒にクラトスに稽古つけてもらうか?」
「えっ、ああ……クラトスに教えてもらってたんだ、やっぱり」
見ていたことがばれていたようで少し居心地が悪い。話題に出したのが分かったのかクラトスもこっちに視線をやっていた。
「なー、クラトス。いいだろ?」
「私は構わん」
「だってさ。後で姉さんと久しぶりに手合わせしようっと」
はしゃぐロイドに私はため息をついてしまった。ジーニアスも私を見て「ロイド、レティがいると元気だよね……」と呆れたように呟いている。
「ロイドは元気だねえ」
しいなもそう思ったのか呟いている。彼女は精霊と契約すると言い出したときから少し元気がなさそうだった。どうしたんだろう。精霊との契約は難しいのだろうか。
「でも、レティも雰囲気が変わったね」
「……しいな」
「一人のときはもっとピリピリしてたじゃないか。口調も違ったし」
「そ、それは」
しいなに突っ込まれて少し恥ずかしくなった。コレットが「口調が違ったって、どんなの?」と覗き込んでくる。
「もっと男っぽい感じだったよ。そうだねえ、この中だとクラトスみたいなサ」
「へー!ねえねえ、やってみてよレティ」
「私も見てみたい!」
「勘弁して……」
コレットとジーニアスに言われてたじたじになってしまう。ロイドも目を輝かせない!うう……。
「ハア、これでいいだろう。だいたいこれは女一人旅だからナメられないようにやっていたんだ。好きでしているわけではない」
「あ、なんかかっこいいね」
「もっと喋ってよ」
「無茶を言うな。ただ口調が変わっているだけだろう。そんなに物珍しいか!」
「クラトスより、遺跡モードの先生っぽいな」
何そのモード。ロイドの感想に突っ込んでしまったが、みんな遠い目をしたので想像がついた。リフィルって歴史の話をすると暴走するからね……。

たらいに乗ってソダ間欠泉に向かい、水の封印で無事に契約を終えることができた。水の精霊はかつてミトスという人物と契約を交わしていたらしい。それが勇者ミトスとは限らないが、私はそのことが気にかかっていた。
精霊の封印を解放する神子。そして精霊と契約していたかもしれない勇者ミトス。勇者ミトスの魂は「大いなる実り」と呼ばれ、失われた大樹カーラーンのかわりにこの世界にマナを分けあたえるとされているものだ。ミトスの精霊との契約があったとするほうが、神子が封印を解放することとつながり不自然に思えない。
だが、勇者とはいえただの人の魂がマナを分け与えられるだろうか?それがどうしても疑問だ。大いなる実りはミトスの魂ではない、もしくはミトスの魂と何かが融合したものではないかと思う。
だとしたら何だろう。それ以前は大樹カーラーンがマナを生み出していたのだから、弱った大樹カーラーンとか?もしくは大樹カーラーンと同じ性質を持った木とか。でも、それがあるならマナが足りなくはならないと思う。
新たな木はマナの供給量が少ないのだろうか。だから封印を解放したときにしかマナを与えられない?いや、特定の条件下でマナを与える意味がわからない。それに四千年も経てば小さな木も大樹になると思うんだけど。
「うーん……」
仮説を立てては自分で崩していく。そもそもなんでこのことを誰も研究してないんだろう?「そういうこと」として決まってるからかな。
野営の焚き火を見ながら唸って、ノイシュにもたれかかった。ノイシュはあったかいからちょっと眠くなってきた。
「眠れないのか」
声をかけてきたのはクラトスだった。そういえばクラトスはノイシュをよく構ってる気がする。ノイシュもクラトスには珍しく懐いているようだし。
「考えごとをしてただけ」
「……神子のことか?」
「うん、それと、大樹のこと……ふあ」
あくびが漏れてしまうので噛み殺す。クラトスは私の隣に腰を下ろした。パチパチと焚き火の燃える音だけが響く。私たちはしばらく黙ってその音に耳を傾けていた。
「クラトスは……ずっと、旅をしてるの?」
「……ああ」
「私も、むかし、旅をしてた。お父さんが火を焚いて、それで、ねるまえにはなしをしてくれて……」
眠くて自分がなにを言ってるのかよくわからない。でも、なんだか伝えたいことだったので口が動くままに任せる。
「おぼえてるの、すこしだけ……ノイシュが、よりそってねてくれた。おとうさんも……」
「もう、寝るといい」
「うん……おやすみ」
「おやすみ、レティシア」
低い声が聞こえる。安心する、懐かしい声だった。


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