深海に月
12

エステルへ
お元気ですか。私は健康です。食事は毎日きちんと食べています。
エステルは今、凛々の明星のみなさんと一緒に過ごしていると聞きました。ラピードやユーリさん、ほかのみなさんと過ごしていて楽しかったらいいなと思います。
帝都に星喰みの眷属が襲ってきたこともありましたが、大きな被害は出ていないとフレンは言っていました。エステルは大丈夫ですか。
フレンとヨーデルにお願いして、騎士団の移民の護衛について行かせてもらえることになりました。エステルから借りた本は、私の部屋に置いています。もし私が留守でもエステルが必要だったら、部屋に自由に入ってください。感想も書いたので同封します。
それではまた。
レティシア

追記
エステルは星喰みの眷属を崩せますか。


便箋を封筒に入れて封をする。宛名はフレンに教えてもらった通りギルド凛々の明星のエステル宛にした。
わたしは手紙と一緒に荷物を持って部屋の外に出た。今から騎士団の任務についていくのだ。言われた通り城のホールに行くと、ソディアともう一人知らない顔の少年がいた。
「ソディア」
「来たか、レティシア」
「へえ、その子が例の満月の子ですか」
じろじろとこちらを見てくる少年にわたしは眉をひそめた。誰だろう。ソディアの影に隠れて見上げる。
「レティシア?どうした」
「……誰?」
「ああ、ウィチルと顔を合わせるのは初めてか?アスピオの魔導士でな、故あって騎士団に協力してもらっている」
「僕としては今回の任務は専門外ですが、フレン隊長の命令なら吝かではありませんからね」
騎士じゃないんだ。確かにほかの騎士の人たちよりずっと若い。わたしよりはたぶん年上だけど。
二人と連れ立って向かった先でさらに沢山の騎士のひとたちと合流する。その中にはフレンもいた。
「フレン!」
「こら、レティシア!勝手に動くんじゃない!」
駆けよろうとしたらソディアにフードを掴まれて首が絞まった。う、ソディアひどい。でも勝手な行動を慎むことが任務に参加する条件の一つだったので文句は言えなかった。
「やあレティシア。ソディア、ウィチル、お疲れさま」
「お疲れ様です、隊長」
「お疲れ様です」
ビシッと挨拶をするソディアを見上げてからフレンに視線を戻す。そうだ、忘れてはいけないから今のうちに渡しておこう。
「フレン、エステルに手紙、です」
「この間のだね。届くように手配しておくから安心して」
「うん」
受け取ったフレンがにこりと微笑んだので安心する。よし、これで出発前の準備は終わりだ。フレンは忙しいのでその場で別れて、わたしはソディアに船の中の一室に連れていかれた。わたしはソディアと同じ部屋を使うらしい。
「いいか、レティシア。お前の仕事は負傷者の治療だ。軽はずみな行動は許されない。騎士団の一員として扱うからそのつもりでいなさい」
「理解してる、です。勝手な行動だめ、ソディアの言うこときく」
「よし。それとフレン隊長のことは隊長とお呼びするように」
フレンをフレンと呼ぶのはだめらしい。しかたない、これも約束だ。役に立ちたいのにわがままを言って困らせてしまったら本末転倒だもん。
「わかった」
「よろしい。私は持ち場に戻るが、お前は出港まで大人しくしていなさい。この部屋のものは好きに使っても構わないからな」
「うん」
ソディアがさっさと出て行ってしまうのを見送る。怪我人がいないと仕事がないのでわたしはしばらくは暇だ。外から窓から見えるのは一面に広がる海で、わたしはその海をぼんやりと眺めていた。きっとあの「街」に繋がる海だ。わたしの向かう先はそこではないだろうけれど。

新しい大陸に着くまでの間、わたしは船の上で他の治癒術師のひとたちと一緒に行動していた。魔物が出てきたり、そうでなくても体調が悪くなるひとがいたから治癒術を使う機会は少なくなかった。わたしはだいたいお手伝いだったのであまり使わせてもらえなかったけど。
「治癒術というのは闇雲に使うものじゃない」
そう言うのは医者の人だった。この船の上で一番経験が豊富なお医者さんが治癒術師たちの指揮をとっていて、わたしにもどうすれば効果的に治癒が効くかを教えてくれた。
「君くらいの力があれば無理やり直せてしまうかもしれないが、効率はよくない。それに患者にも悪いのさ。免疫力や治癒力が下がってしまうからね」
「必要なところだけ、治癒するです?」
「その通り」
難しかったり厳しかったりしたけど、「人の命に関わることだ」と言われてしまうと納得するしかない。わたしはわがままを言える立場じゃないし、なによりお城の外に出て新しいことを勉強するのは楽しかった。
人の役に立てるのも嬉しい。治癒術は「街」にいるときも使ってたけど、感謝されたりはしなかった。わたしはただオーマの言う通りに魔術を使っていただけだ。
すごく自由になった気がした。空からは相変わらずあのばけものが覗いている。それは恐ろしかったけれど、それでもわたしは外に出られたことが嬉しかった。人の役に立って、いろいろなことを知って、それで。
――でも、ずっとずっとこんな気持ちではいられない。船を降りる前にわたしはそれを思い知ることになった。


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