深海に月
10

星喰みの眷属の襲撃があった後、城でたまに騎士のひとに話しかけられるようになった。わたしが治癒したひとも中にはいて、感謝の言葉を伝えられるのは役に立てたようで嬉しかった。
それに、少しだけど騎士団の動向も伝わってきた。どうやら星喰みの眷属による襲撃があって以来、帝都から出て行こうという人たちが増えているらしい。
「団長は放ってはおけないと言ってましたがね」
騎士のひとが困ったように眉を下げていた。騎士団の役割は帝都を守ることだから、帝都を出て行くひとたちに戦力を割くのがいいとは思えないらしい。
「でも、結界の外部、危険です」
「そうなんですよねえ。ギルドの奴らも帝都の住民の護衛なんてやりたがりませんから」
「フレンが心配する、仕方ないです。帝都の人守りたい、願ってるです」
フレンからしてみれば外に出てしまおうが関係ないんだと思う。……結界の外、か。星喰みの眷属は結界があっても入ってきてしまうので、外に出たほうがいいと思うひとがいるのもおかしくはない。
「せめて治癒術師がもう少しいればいいんですがね」
騎士のひとがため息混じりにつぶやく。なるほど……なるほど!いいことを思いついた。
「わたし、ついていく、します!」
「……えっ」
「治癒する、フレンの役に立つ、みんな安心です」
「ちょ、ちょっと待ってくださいお嬢さん。お嬢さ……レティシアさん!」
引き留める声が聞こえてきたけど思い立ったら即行動しないと間に合わないかもしれない。わたしはヨーデルに話そうと思ったけど忙しそうだったのでフレン本人を探すことにした。城の中を駆け回っていると知った顔があって声をかける。
「ソディア!」
「ん?お前は……レティシアか」
「フレンどこです?」
「隊長はお忙しいんだ。お前はおとなしくしていろ」
ばっさりと切り捨てられてしまってむっとした。わたしはこぶしを握って言葉を続ける。
「大事な話、あります。わたし、役に立てます」
「役に立つ?何のことだ」
「治癒できます。結界の外に行くひとたち、ついていく騎士団の役に立てます」
ソディアは怪訝な顔をしていたが、少し考えたあと腑に落ちたように「ああ、」と声を上げた。
「そういえば先の襲撃ではお前も治癒術師として働いたそうだな。いい心がけだ」
「うん。もっと役に立つ、です」
「確かに治癒術師は少ないからな。移民の護衛程度なら……」
ソディアが悩んでいる間にもう一つ足音が聞こえて、誰かと思えばフレンだった。「フレン!」と声をかけると軽く手を挙げて応えてくれる。
「隊長!」
「やあ、レティシア。ソディア、何の話をしていたんだい?」
「それが……」
ソディアが簡単に説明してくれて、フレンはうーんと唸った。どきどきしながらフレンの答えを待つ。難しい顔をしていたフレンは眉を少し下げては微笑んだ。
「殿下のお許しがもらえれば、そうだね」
「本当です?」
「……ああ。あとで伺っておくよ」
「フレン、ありがとう!」
嬉しくなって飛び跳ねる。ソディアに窘められたけど気にしない。お城でずっと古文書を読んでるのもつまらないもん。
「あ、フレン。エステルいる場所わかります?」
「エステリーゼ様の居場所かい?そうだね、ユーリたちは始祖の隷長で移動しているからはっきりとはわからないけれど、伝えたいことがあるならギルド宛に出せば届くと思うよ」
ギルド、というとブレイブヴェスペリア――凛々の明星のことだと思う。わたしはうなずいてもう一度フレンにお礼を言った。
エステルに手紙を書こうと思ったのだ。エステルが行ってしまってからいろいろあったし、エステルの部屋から借りた本の感想も伝えないといけない。それに、本を返すにもエステルがいないので部屋には入れないからどうすればいいか聞いておきたい。
「便箋や封筒は持ってるのかい?」
フレンに尋ねられてわたしははっと我に返った。人に手紙を書くというのは初めてなのでそんなものは持っていない。エステルの貸してくれた小説の登場人物なんかは、手紙を書くのにきちんとその人に合わせた便箋を選んでいた。
「持ってないです」
「じゃあ、買いに行こうか」
瞬いてフレンを見上げる。そしてソディアを見ると難しい顔をしていた。
「フレン、忙しい、ではない?」
「そんなに時間もかからないだろう。ちょうど少し休憩しようと思っていたんだ。ソディア、いいかい」
「分かりました。ゆっくりしていただきたいところですが……」
「問題ないさ。息抜きにもなる」
思わぬ展開にわたしは胸を弾ませた。フレンと一緒にお城の外で買い物ができる!一度着替えてくるというフレンを見送って、ソディアはわたしを厳しい顔で見下ろした。
「いいな、隊長に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「うん」
「騒いだり勝手な行動は慎むように」
「うん。……ソディア、一緒いく、したいです?」
フレンが心配なのか、それともわたしが変なことをすると思ってるのか、細かく注意をしてくるソディアに尋ねてみる。「そうしたいのはやまやまだが」とソディアはため息をついた。
「私にも仕事があるからな。隊長が戻ってきたら仕事に戻らなくては」
「ふうん。休憩してる、です?ソディアが疲れる、フレン困ります」
ソディアはフレンの部下の中でもたぶんえらい人なので、フレンが仕事するのにきっと必要な人だ。だから騎士団が今忙しいのわかるけど、休憩はして疲れをとってほしい。
少し驚いたような顔をして、それからソディアはふっと力を抜いたように微笑んだ。つり目で怖そうな雰囲気がそれで一気に和らいだのでわたしも驚く。ソディアが笑ったのを見るのは初めてだと思った。
「そうだな。気をつけよう」
そこでフレンが戻ってきたので、わたしは驚きから抜け出せないままソディアがフレンに挨拶して去っていくのを見送った。
「レティシア?」
フレンに名前を呼ばれてようやく我に返る。わたしが振り向くとフレンはいつもの鎧じゃなくて、ふつうの服を着ていた。瞬いてその姿を見上げる。なんだかとても、新鮮な感じだ。鎧を着ていると騎士団長という肩書ぶんだけ立派でえらいひとに見えたけど、今はそんな感じがしない。もちろん、最初に会ったときのような優しい雰囲気は変わらないけど……そうだ、とわたしは思い出した。
「フレン、にてる」
「え?」
「ユーリさん」
「ええ?ユーリに?それは……」
フレンは苦笑して眉を下げた。
「褒めてくれてるのかな」
「んー。わからない、です」
「はは」
差し出してくれた手を握る。騎士団長のフレンはかっこいいけど、こういう格好のフレンも好きだ。そう伝えるとフレンは目を細めて「ありがとう」とはにかんだ。


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