ラーセオンの魔術師番外編
花嫁は魔女-2

結婚式の主役は往々にして花嫁である。訂正、花嫁のドレスである。結婚式や披露宴にいくらお金をかけるかで格というものが決まるらしく、そして最も手間とお金がかけられるのがドレスなのだ。
「実はあるんだよな、婚礼衣装」
ゼロスは言いにくそうに口を開いたので私は首を傾げた。が、次の言葉で理解する。
「母親が嫁いできたときのやつ」
「あー、なるほど。それを手直しして着る感じ?」
代々同じ婚礼衣装を身にまとうというのはありそうなパターンだ。しかもワイルダー公爵家は神子の家系なのでなおさらだ。伝統とか好きそうな感じがする。
「時間がないからな。そうするのが一番効率的なんだけど」
そういう割にゼロスはどうにも歯切れが悪い。私に母親のドレスを着せるのが嫌なのだろうか?私に配慮してるのか母親に配慮してるのかはわからない。
「どうしたの、ゼロス。私は別に構わないけど、あなたは何がいや?」
「嫌っていうか……神子の花嫁の衣装をあんたに着せるのが」
「なるほど。でも時間がないから新しく一から準備もできないと」
となると、である。私はとりあえずその婚礼衣装を見せてもらうことにした。ワイルダー公爵家の広いウォークインクローゼットの奥に厳重に保管されていたのは真白い、どちらかというとシンプルな婚礼衣装だった。しかしそれはぱっと見で、白い高価なシルクの生地には所狭しと刺繍がされていてものすごくお金がかかってることはわかる。
「こんな感じね。ゼロス、形は大きく変えなくていいからここの布の刺繍だけ変えるとかは?」
「それだとそのままじゃないか?」
「エルフの刺繍にしちゃおうかなって」
バランスを考えなくてはならないけど、刺繍のパターンなら頭に入っている。時間がないならなるべく大柄のものがいいだろう。ゼロスは瞬いて私を見た。
「そういやレティシア、刺繍できるんだっけか」
「まあ今回は図案の原案出すくらいしかできないけど。デザイナーさんと相談だね」
「エルフの刺繍、か。……うん、いいなそれ」
感心したように何度か頷いて、ゼロスは改めてドレスを見た。エルフの紋様も古くて歴史のあるものだけど、人間のそれとはまた違う。目新しさはあるだろう。早速お抱えのクチュリエールさんを呼んで話を詰めることになった。
私は急いでパターンを描き、それを元に相談する。どっちかというとゼロスの方が張り切っていた。「ここのレースは古いから新しいデザインのにしたほうがいいな」とか「袖の形もボリューム落とした方が似合う」だとか細々したことを注文していた。時間がないんじゃないかと思うけど、そこはお金の力で解決するんだろう、きっと。
「もう少し調整できるけど形はこれでいいか?」
「うん、いいんじゃない?」
「レティシア、刺繍以外何も言ってないじゃんか」
本当にいいのか、となんだか不安そうな瞳を向けられるので笑ってしまう。
「いいよ、ゼロスが好きなので。だってゼロスが似合うって思ってくれるのが一番大事だから」
ゼロスは体裁とか気にするだろうけれど、私にはよくわからない。だからそれも含めてゼロスが決めてくれたほうが確かだし、私も安心する。なにより私はゼロスのために花嫁衣装を着るんだからゼロスの好きにしたらいいと思う。
ゼロスは目を丸くして、クチュリエールさんが「まあ」と声を上げた。そんな妙なことを言っただろうか。
「レティシア、…………、結婚しよう」
「うん?籍は入れてるでしょ」
「そうだけどそうじゃなくて」
肩を掴まれるけど別に怒っているようではない。どうやら何かツボに入ったようだ。話が進まないので「はいはい」とハグをしてから体を離す。ゼロスは微妙に拗ねた顔をしたけどすぐに切り替えた。
「あと決めることは?」
「俺さまも仕立てないといけないからその話もしとくか。いいよな?」
「はい。神子さまのご衣装もお仕立て直しと伺っておりますが」
「どうせなら俺もレティシアと同じ刺繍入れてもらうかな」
確かに統一性があったほうがいいかもしれない。また別のクローゼットに補完されていた衣装を引っ張り出してゼロスとクチュリエールさんが話をしているのを私は特に口出しすることなく眺めていた。やっぱりゼロスは今の社交界のファッションの流行にはかなり詳しいらしい。普段の格好は貴族っぽくないけど、おしゃれするのは好きなんだろうな。
「レティシアはどう思う?」
いまいち話を聞いていなかったので急にそう訊かれて私は瞬いた。
「やっぱり俺もレティシアに似合うって思ってもらいたいしさ」
「そう言われても、ゼロス何でも似合うしかっこいいから。好きなのでいいんじゃない?」
なんでもいいというのが一番困るというのは分かっているけど、実際ゼロスは何でも着こなす。なので結局ゼロスが好きなものを着るのが一番いいだろう。そう伝えるとゼロスは「もう勘弁してくれ……」と妙に嬉しそうな声で呻いていた。


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