深海に月
06

翌日、エステルがいつもどおり下町に治療に行くのについて行ったら大変なことになった。
最初はふつうに下町でユーリさんと合流したのに、なんだか雲行きが怪しくなったのは騎士団の人たちがやってきたからだった。実は、ユーリさんは賞金首だったらしい。いったい何をやらかしたんだと思ったけど、騎士の人たちと顔見知りっぽかったから何か事情があるのかもしれない。
とか思ってたらユーリさんに抱えられて、なぜかわたしも一緒に逃げることになった。エステルとラピードも一緒だったけど。ユーリさん、今は「レティ、軽いな。ちゃんと食ってるか?」とか言ってる場合じゃないと思う。
「ユーリ〜〜〜!」
下町から坂を駆け上がって広場で一息ついていると上から声が降ってきた。……上から?落ちてきたのは金髪のおさげの女の子で、なんだか海賊っぽい帽子をかぶっている。やっぱりユーリさんとは顔見知りのようで、しかも青い髪のきれいな女の人まで現れた。ユーリさん、すごい。ハーレムだ。
「あら、そっちの子は?もしかしてエステルの妹さんかしら?」
「そうなんです。レティシア、こちらはジュディスとパティです」
どうやら妹扱いになったらしい。ジュディスさんは帝都でたまに見かけるクリティア族のようだった。いったいなんの集まりなんだろう、これ。
「レティシア……です」
「むむ、ライバルの予感じゃ……!」
とりあえず挨拶するとパティさんに睨まれる。わたしは困ってジュディスさんを見上げたけど、ジュディスさんは「ふふ」と妖しげに微笑むだけだった。ユーリさんが肩を竦める。
「バカなこと言ってるなよ。さっさとアスピオに行くぞ、あいつらがいつ追いついてくるか……」
「むわぁてまてまてぇい!」
「ほらな」
下町の方からさっきの騎士団の人たちの声が聞こえる。と、突然空に大きな影がかかった。空を……えっ?おおきな、えっと、クジラが飛んでる……?エステルが身をかがめてわたしの両肩に手を置いて微笑んだ。
「レティシア、ヨーデルと下町のみなさんによろしく伝えておいてくださいね」
「どこ行く、です?」
「とりあえずはアスピオに行きます。リタと合流したらダングレストに……」
「エステル!行くぞ!」
「はい!じゃあレティシア、また」
呆気にとられている間にエステルは駆けだして、クジラにぶら下がっている船に乗り込んでいってしまった。うそ、エステルってお姫様じゃないの?お姫様ってお城にいるものだと思ってたけど……ここでは違うのかもしれない。
「おのれー!」
いつの間にか近くに来ていた騎士団の人たちが呆然としつつも空に向かって拳を突き上げていた。うん、あれびっくりする……よね?一般的な交通手段ではないと思う。
「レティシア様は残られましたか」
「え、えっと……エステル、なんで行ったです?」
一番落ち着きのある人に声をかけられて混乱しながら尋ねると苦笑された。
「アレクセイに操られる以前、エステリーゼ様はギルド"凛々の明星"と行動を共にされておりましてな。ユーリめが戻ってきていても立ってもいられなくなられたのでしょう」
「ブレイブヴェスペリア……」
エステルの部屋にあった本で読んだ、おとぎ話に出てきた言葉だ。兄妹の兄は凛々の明星、妹は満月の子。そうして世界を守って行くという話だったはず。そういえば、さっき下町でもユーリさんがそんな単語を口にしていた。
「星喰みを、消すため……です?」
「そうなのでしょう。さ、レティシア様は城に戻られますかな」
「はい。ヨーデルに会いたいです」
よろしく伝えておかなければ。騎士の人は「かしこまりました」と言ってついてきてくれるようだった。ユーリさんは指名手配されてるので、その報告とかが必要なのかもしれない。
騎士の人たちはシュヴァーン隊という隊で、話をしてくれた一番えらい人はルブランさんというらしい。ルブランさんはユーリさんが以前騎士団に所属していたこととかを教えてくれた。ユーリさんが騎士かあ。うーん、何だか想像がつかない。

お城に戻って、ルブランさんが近衛騎士の人に取り次いでくれてヨーデルに会うことができた。ヨーデルは忙しくてお城でもあんまり会えない。今回も会うまでにしばらく待たされた。
「レティシア。エステリーゼは凛々の明星の皆さんとアスピオに行ったのですね?」
「うん。あと、ダングレストに行く、言った……ました」
「わかりました。ギルドに関しては彼らの力を借りたほうがいいかもしれません」
「?」
よくわからない。ギルドと帝国の仲が良くないのは聞いたけど、それってエステルが行ったらややこしくなるんじゃないかな。とはいえわたしの知らない何かの考えがあってのことなんだと思う。
「エステリーゼがいないとなると、困りましたね」
「ヨーデル困る?エステル、星喰み消す言ったです」
「そのことはいいんです。ただあなたが」
わたし?ヨーデルは眉を下げてわたしを見た。
「あなたが満月の子である以上、迂闊なことはできません。エステリーゼが戻ってくるまでは城にいてくれますか?」
「わたし城いる、何するです?」
お城にいるのは構わないけど、そうすると下町の人たちのけがを治すのはできなくなってしまう。かわりに何か役に立つことをしたいと思ったけど、ヨーデルは首を傾げた。
「そうですね……。レティシア、古代文字は読めましたね?」
「読め、ます」
「それではアレクセイの残した文書の解読などしてもらいましょう」
何だか難しそうなことを言われてしまったが、嫌とは言えない。ヨーデルがわたしを持て余してることに気がつかなかったのでわたしは素直に頷いた。


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