夢のあとさき
16

女性の名前はしいなと言うらしい。変わった名前だ。
「私はレティだ」
「レティか。あんた何者だい?」
「それはしいなに返すよ。あなたもただ者じゃないだろう」
宿の一室で向かい合う。しいなはため息をついて「お互い聞かないことにしよう」と呟いた。
「あたしはピエトロを助けてやりたいんだ。そのための情報が欲しい」
「そうだな。呪い、と言っていたが……ピエトロのあれはエクスフィアを外された副作用なのかもしれない」
推測だけど、と付け加える。私はドワーフに育てられたから要の紋のことは知っているが、エクスフィアについては詳しくない。けど、人間牧場から逃げ出してきた人がああなると聞くと原因はエクスフィアにあるように思えた。
「あんたはなんで牧場の人間にエクスフィアがつけられてることを知ってるんだい?」
「牧場に行ったことがある」
「収容されていたのか!」
「短期間だがな。すぐに逃げ出したから」
そういえばトリエットではロイドと私の指名手配がされていた。こちらでも同じなのだろうか。顔はなるべく隠すべきかもしれない。
「しいなはピエトロを助けたいんだろう?心当たりが一つある」
「なんだい、それは!」
「ルインの北にマナの守護塔という元々マーテル協会の聖堂だった建物がある。そこに治癒術師だったボルトマンの術書があったはずだ」
この辺りは治癒術発祥の地である。私がマナの守護塔に行った時、それっぽいものを見つけた気がする。私は治癒術師ではないのでさらっとしか読まなかったけど。
「それでピエトロを助けられるのかい?」
「可能性はある。あなたは治癒術師ではないだろう?少なくともそれなりの治癒術を使える人が必要だ」
「そんなのなんとかしてみせるよ!そうか、マナの守護塔に行けばいいんだね?礼を言うよ、レティ」
しいなは嬉しそうに言う。彼女はお人好しというか、優しい人な気がした。
「ルインの祭司がマナの守護塔の鍵を管理していたはずだ。私は顔見知りだからそこまでついていこうか」
「いいのかい!でも、あんたの旅の目的は……」
「もともとルインに行くつもりだったんだ。問題ないよ」
牧場から逃げ出してきた人というのは私も気になる。しいなとは違って打算で助けようとする自分が嫌だったが、知っているのに何もしないよりはいいと自分に言い聞かせた。

ルインに行くと、祭司は不在だった。どうやら旅業に出ているらしい。
「鍵も彼が持っているのか?」
「ええ、そうです」
「そうか……どこにいるかは知っているか?」
「今はアスカードの方へ行ってらっしゃるはずです」
仕方ない。こうなると祭司を追いかける他ないだろう。
しいなは不満そうだったが、ボルトマンの術書を求める以上マナの守護塔に入る以外の手立てはない。私は彼女をなだめながら教会を出た。
「もともとマーテル教会管轄の建物だから仕方ないよ」
「でも!一刻も早くピエトロを助けてやらなきゃいけないのに……!」
「急いでアスカードに向かおう。いいね?」
「あんたもついてきてくれるのかい?」
「しいな一人だと祭司から鍵を強奪しそうで怖い」
「あんたねえ!」
肩を聳やかして怒るしいなに私は逃げ出した。その後を彼女が追いかけてくる。
「まったく、たまに子供っぽいねえあんたは」
「そう?そうかもしれない。年はしいなと同じくらいだと思うけど」
「……そんな若いのに、なんで旅をしてるんだい」
同い年なら人のことは言えないと思う。私は迷ったが、数日間共に過ごして彼女のことを知るとやっぱり悪い人には思えなかった。
「私の友人は、マナの神子なんだ」
「え……?」
「神子は、世界再生が終わると死ぬ。それが嫌だから、どうにかできないかと思ってしばらく旅をしている」
しいなはまっすぐに私を見た。マナの神子の役割を否定するような言葉は良くなかっただろうか。でも、しいなに嘘をつきたくないと思った。
「この世界の仕組みはおかしいと思ったんだ。そう思う私は、おかしいかな」
「いいや……思わない」
「しいなは優しいね」
「同情じゃないよ。誰かが犠牲になるのは……つらいことだ。親しい人ならなおさら。レティ、あんたにとってそれが再生の神子なんだろう」
「うん」
きっと他の人が愚かだと言うことを、しいなは受け止めてくれた。それが私には嬉しかった。
「しいなはなぜ旅をしているの?」
「あんたと同じさ。大切な人たちを、守るために」
「そっか」
彼女の言葉にはどこか苦しさが滲んでいた。なぜだろうかと思ったけど、そこは追求しないでおく。
二人でルインの町を歩いた。しばらく黙っていたしいなは唐突に私に尋ねてきた。
「あんた、兄はいるかい?」
「兄?いないけど」
「そうかい。……似てると、思ったんだけどねぇ」
人違いらしい。しいなはそれ以上聞いてこなかったので私たちはそのまま町を抜けてアスカードへ向かった。


- ナノ -