ラーセオンの魔術師
57

「でもロイド、どうか焦らないでください。あなたを責める権利を持つひとはいない。ヘイムダールのひとたちの心は、四千年よりも前から頑ななのですから」
「レティシアさんは……わかってたんだな」
心を見透かされたようで苦笑してしまった。そう、分かっていて動かなかったのは私自身だ。
「理解していることだけが全てじゃない。心を持つ以上感情が上乗せされてしまうんです。だから、ユアンやクラトスがどうしてミトスを止められなかったのかわかるような気がします」
「クラトスが……」
「どうして、考えを変えたのかも。そう、きっと……」
私が情報のみで見たアンナ・アーヴィングという女性。彼女がクラトスを変えたのだろう。そしてロイドとの再会も、またきっかけになったのではないか。
「あの、レティシアさんはクラトスさんと知り合いだったんですか?えっと、イセリア牧場に行く前から」
思い出したようにコレットが訊いてきたので私は少し驚いた。ゼロスの視線をひしひしと感じながら頷くと「やっぱり」とコレットは手を合わせた。
「私の家で休んでたとき、クラトスさんなんだかレティシアさんに遠慮がないなあって思ったんです。初対面の女の人相手だともうちょっと丁寧な人だったから」
「よ、よく見てるなコレット……」
「そうかなあ」
そうだと思います。あと私に遠慮がなかったのは、単純に私を警戒すべき相手だと認識してたからだと思う。協力関係にはあったものの、いきなりクルシスを裏切ってた過去を突きつけてきた相手なんて油断ならないよね、普通。あれはちょっとよくなかった。
「でもなぜクラトスと知り合いだったのだ?」
「ええっと」
どこまで話していいのか。ちらりとゼロスを見ると「そういやあのとき聞きそびれてたなあ」となんだか眉間にしわを寄せていた。いや、そうじゃなくて。ゼロスの肩を引っ張って耳打ちする。
「クラトスがロイドの父親ってことはみんな知ってる?」
「あ、それ?知ってる知ってる。なんせユアンがロイドを人質に取ってクラトスにオリジン解放させようとしたからな」
「うわあ」
すごく気になる情報がもたらされたが後で詳しく聞こう。ユアンがオリジンの解放に関して自信ありげだったのはそういう理由だったのか。失敗してるけど。
「そうですね、エターナルソードはエルフの血を持つものしか操れないというのは知っていますか?」
「ああ。それは聞いた」
「人が――要はロイドがエターナルソードを使えるようにするためにはエターナルリングという契約の指輪が必要になります。クラトスはそれを作ろうとして材料を集めていたんです」
「だからクラトスさん、色んなところにいたんだね」
わりとクラトスとは頻繁にバッティングしていたようだ。私は旅の途中全然彼らと会わなかったけど。……もしかしてわざとか?
「で、エターナルリングの鋳造に必要なものの一つが神木なんですが、オゼットが燃えてしまったでしょう?私が森の小屋に張っていた結界の中に残っていたのでそれを提供したってだけです」
「あの小屋……ですね」
「そうそう、毒沼の近くのね。まだ残ってるよ」
プレセアがどこか懐かしそうに目を細める。町は崩壊してしまったから、少しでも元のまま残せたものがあってよかったのかもしれない。
ロイドは何か考え込むように黙ってしまった。クラトスがなんのために動いていたのかわかって、彼としては混乱してしまったのかもしれない。だって一度は裏切られた相手だ。父親とわかっても、共にミトスを倒しても、まだどう付き合っていいのかわからないのだろう。
そのうえオリジンを解放するためにはクラトスを犠牲にしなければならない。私は息を吐いた。うまく、機能してくれればいいんだけど。
「ロイドー!」
降りた沈黙を破ったのは元気な声だった。ジーニアスだ。ずいぶん話し込んでいたらしく、マナリーフを摘んだリフィルたちが戻ってきていた。
「ジーニアス!」
「先生、しいな!おつかれさまっ」
真っ先に立ち上がって駆け出すのはロイドとコレットだ。私も立ち上がる。リフィルがいるから大丈夫だろうと思っていたけれど、無事に戻ってきてくれてよかった。
「これ!マナリーフ!」
「へー、これが?」
「これでレティシアさん、刺繍したんですね」
刺繍?一瞬何を言われたわからなかったけど、思い出して思わずプレセアを見てしまった。そういえばあのスカーフに刺繍したんだった。けど、今はスカーフを身につけていなかった。
「すみません……。コレットさんの治療にマナリーフの繊維が必要だったので、刺繍を解いてしまったんです」
「ああ、あれを使ったんだね。ううん、構わないよ」
なるほど、結果を突破せずにマナリーフを手に入れたのはそういうことだったのか。まああれは毒沼に近づいて木こりをするプレセアのためのものだったから、オゼットが焼けて神木もほぼなくなった今は必要ないものだし。
とはいえプレセアがあまりにしょんぼりしているので私は思わず声をかけていた。
「また何か別のものに刺繍しようか?」
「……!いいんですか?」
「もちろん」
顔を輝かせるプレセアのためなら刺繍くらいいくらでもしますとも。マナリーフの糸ももう残り少ないので他の糸ですることになるけれど。
「レティシア〜、俺さまにも刺繍してくれよ。ていうか刺繍できたの知らなかったんですけど」
とかやってたらゼロスが背中にくっついてきた。ちょっ、体重かけないでほしいんだけど、重い!
「刺繍してほしいって言われなかったし。そもそもゼロスはお抱えの衣装屋さんくらいいるでしょうに」
「男心がわかってねえよなあ〜」
いやいや、別にそういうアレではないじゃん。リーガルがなんだか微笑ましげに眺めてきて、リフィルはため息をついていた。ねえそのため息、どっちに対してのやつかな!?
「……ゼロスくん。私が先です」
あとプレセアは対抗意識燃やさなくていいからね。まあ、時間ができたら刺繍くらいしてもいいけれど。
「さ、急いでヘイムダールに向かいましょう。ここで日が暮れても困るわ」
「間に合うかな」
「大丈夫だよ。でもボク、疲れたから戦闘はロイドに任せるね」
「おう!」
リフィルの一声でぞろぞろと渓谷を降りていく。私は一度振り向いて、もう結界のない景色を見上げた。あのときと同じ景色に戻ったのだ。
「……ごめんね」
あの人は私の怒りを許してくれただろうか。わからない。一つだけ確かなのは、私がこうしているのはあの人があのとき死んでしまったからだということだけだった。


- ナノ -