ラーセオンの魔術師
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途中、捕まっていた人たち――エクスフィアの培養体にされていた人たちを逃がしながら管制室に辿り着くと、そこで待っていたのはロディルだった。
ロディルの目的は魔導砲を完成させ、救いの塔を破壊しユグドラシルに反逆することのようだった。そのために、魔導砲の制御装置としてクルシスの輝石が必要だったのか。だからプレセアを――彼女の時間を奪ったのか。
その上ロディルは魔導砲へと続く道を海水で満たしはじめた。逃がした人たちが水面に追われて逃げ惑うのに歯噛みする。放っておけるわけがない。
「私はようやくクルシスの輝石を手に入れたのだからな!どれ。まずわしが装備して輝石の力を試してやるわい」
こちらを嘲笑いながらクルシスの輝石を身に着けたロディルはみるみるうちに巨大化していった。おかしい、クルシスの輝石をつけたからといってあんな肉体が変化するとは思えない。
「愚かですね。そのままだとマナの暴走で死に至るでしょう」
「ふん、小娘が。戯言を」
放っておいてもいいが、早く倒してしまわないと捕まっていた人たちが心配だ。剣を抜くロイドたちに続いて私も杖を握って詠唱を始めた。

膝をついたロディルの体が衰え、朽ち果てていく。やはりクルシスの輝石ではなかったか。一時的に戦闘力が引き上げられた代償に、ロディルはすべての生命力を使い果たしたのだろう。
「だましたな……プロネーマ……!しかしただでは死なんぞ。きさまたちも道連れだ!」
ロディルの手が操作盤に伸びる。止める暇もなくその装置は起動した。
「いけない!自爆装置だわ!」
「爆破するなってボータさんが言ってたよね」
「くそっ!止めるんだ!」
リフィルが制御盤に駆け寄るのと同時に私も機械に手を伸ばした。プレセアが目を瞬かせてこちらを見る。
「レティシアさんも、操作できるんですか?」
「ええ。でも……間に合うかどうか」
こんな複雑なシステムは見たことがない。しかも自爆装置だけではなく、浸水も止めなくてはならない。まず自爆装置を停めて、それから水を抜く。後者の方が手間取りそうだ。
私とリフィルが装置と格闘しているとボータとレネゲード隊員たちが管制室に駆けこんできた。
「我々が引き受けようぞ。おまえたちはそこの地上ゲートから外に出て脱出するのだ」
「ボータ!無事だったのか!」
「そんなことは後でいい。早く外に出ろ。おまえたちがいては足手まといだ」
やたらと急かしてくる彼に私とリフィルは顔を見合わせた。しかしレネゲードの方がディザイアンのセキュリティシステムには詳しいだろう。
「……わかった」
頷くロイドに続いて私たちは先に出口から外に出る。しかし直後にその入り口はガラス戸が閉められてしまった。どういうつもりだ?その疑問はすぐに解ける。管制室まで水が流入しはじめていたのだ。
リーガルがガラスを攻撃するがびくともしない。彼らは知っていて扉を閉めたのか。――私たちを逃がすために。
「自爆装置は停止させた」
ガラスの向こうでボータが言う。ロイドが悲痛な声をあげた。
「ボータ!あの扉を開けろ!俺たちで上のドームを破壊すれば……」
「我々の役目は大いなる実りへマナを注ぐために各地の牧場の魔導炉を改造すること。それもこの管制室での作業をもって終了する。おまえたちには我らが成功したことをユアンさまに伝えてもらわねばならない」
「そんなことは自分で伝えろ!いいから扉を開けやがれ!」
ボータの表情はどこか満ち足りたものだった。言ったとおりに、任務を終えたことによる達成感でも感じているのだろうか。
「真の意味で世界再生の成功を祈っている。ユアンさまのためにもマーテルさまを永遠の眠りにつかせてあげてくれ……」
その言葉とともにガラスに障壁が下りる。完全に姿が見えなくなってしまったのに、頭の中でぷつんと何かが切れた。
「勝手なことを……!」
「っ、レティシア?」
「”座標確認、位相を指定。空間跳躍実行”!」
目の前がゆがむ。「レティシア!」ともう一度ゼロスが呼ぶのだけが聞こえた。
シルヴァラントへ転送されたときと似たような感覚だった。景色が一瞬で切り替わるのは慣れない。さきほどいた管制室はもう膝の上まで水が浸入してきてしまっている。
「……なっ!どうやって……!」
急に現れた私に驚いた顔でボータたちが振り向く。しかしそれに構っている暇はない。水を抜くことが最優先だ。
「喋っている暇があったら操作盤を動かしなさい!排水装置があるはずです!」
「……間に合うとは思えぬがな」
「ここの水は私が抜きます。死にたくなければさっさと手を動かしなさい」
本当は死んでほしくないのは――見殺しにしたくないのは私の方だ。「どうやってだ」と声をかけられるがそれは無視して詠唱を始めた。
さっきの空間転移と似た要領で魔術を行使すればいい。だが対象が自分ではなく別のものというのが難易度を上げている。とりあえず、外につながる道を作れば水は流れていくはずだ。範囲が広いのと繋げる座標の計算に時間がかかるのがもどかしいが、諦めるわけにはいかない。
「”座標設定――確認。対象設定、マナの解析を実行。――完了。位相を指定します”」
水の流入が早まっている。もう頭がぎりぎり水面から出るくらいだった。
「水を流します!つかまりなさい!――”空間偏差計算完了。変換開始”!」
詠唱を終えたと同時に水が勢いよく流れ始めた。私もぎりぎり近くにあった装置にしがみついて流されないように耐える。
「馬鹿な……」
ボータが信じられないものを見るような目を私に向けていた。それを睨み返す。
「水は抜きました!設備の排水はどうなっていますか!」
「ま、まだです!」
レネゲード隊員の片方が声をあげる。私は濡れた服をうっとおしく思いながら制御盤に触れた。排水を一度に行う制御はできないらしく、ちまちま操作する必要がありそうだ。仕方ない、ここまできたら出し惜しみはなしだ。私はエクスフィアのかけらを制御盤に置いて直接ダイブした。サイバックのときと同じだ。
「えーと、排水設備っと……」
そもそも海中にあるから上まで吸い上げないとだめなのか、これ。面倒だ。ポンプで汲み上げるのに時間がかかるっぽい。とりあえず、流入を止めて汲み上げをフル稼働させないと。
そこまではなんとか終えて、それでも時間がかかりそうなので一度下に降りてここと同じように水を吐きださせるのが一番手っ取り早いだろう。魔術の連発に疲弊しつつあったが私はエクスフィアのかけらを取り外して杖に戻した。
「は……とりあえずここは大丈夫ですね。捕まっていた人たちも助けなくては」
「待て、今のは……」
ボータが訊いてくるけど答えることはできない。私は水面が下がっている階段で下へ降りた。
「レティシア・ラーセオン!」
「しつこいですね。早くここから出たいのならゼロスたちが使った出口から出てください」
「そうではない、いや……」
ボータは神妙な顔で私を見た。
「……礼を言う。あなたのおかげで助かった」
「勝手に助けただけです」
私が見捨てられなかっただけだ。顔をそらす。こんなやりとりをしている場合ではない。早く水を抜かないと手遅れになる。
もう一度集中する。間に合わなくて、この瞬間に誰かが死んでいると思うと泣きたくなる気分だった。


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