リピカの箱庭
01

前世の記憶というものが徐々に蘇ってきたのは三つになってしばらく経った頃だった。
ガルディオス伯爵家の末子として生まれた私には年の離れた姉と双子の兄がいた。兄の名前はガイラルディア・ガラン・ガルディオス。そのことと前世の記憶が結びついたとき、幼子の頭では耐え切れず私は熱を出して寝込んでしまった。
「レティ、へーき?」
重い頭で目を覚ましたとき、私を心配そうにのぞき込んでいたのはガイラルディアだった。金色の髪がさらりと揺れる。今の私も、彼と同じ髪の色で、瞳の色だった。
「ガイ……」
「いたい?」
私が熱を出しているのに泣きそうなのはガイラルディアの方だった。懸命に私の頭を撫でる彼の手に触れる。熱っぽい私の手よりもすこしひんやりしていた。その手を自分でも弱弱しいと思う力で握る。それだけで安心した。
思えば、ガイラルディアとは生まれる前からずっと一緒だったのだ。レティシアが前の私の記憶を思い出す前からずっと。遊ぶときも寝るときも、私の側にはガイラルディアがいた。
ガイラルディアにとっても同じだったんだろう。私が手を握るとすこし安心したようにへにゃりと笑った。これが双子特有の感覚なのかはわからなかったけど、ともかく頭痛は和らいでいった。
「ガイ、いるから、へいき」
「いっしょにねる?」
「ん……」
頷くとガイラルディアは私の隣に潜り込んできた。風邪じゃないからうつりはしないだろう、と冷静な部分が考えて、幼い部分はとにかくガイラルディアの体温に安心していた。シーツの中で手を繋いで目を閉じる。
「ガイ、ありがと」
「うん」
囁くように声をかけると、小さなつぶやきが返ってくる。それがひどく嬉しかった。
ガイラルディアは私の一部だったのだと思う。少なくとも、このときは。

やがて目が覚めたとき、妙にすっきりした頭で私はゲームの物語に転生したことを受け入れていた。隣で眠るガイラルディアは、その物語の主要人物の一人だ。当初はガイ・セシルと名乗っていたその男性は、ゲームの主人公の従者という立ち位置だった。
「……やばい」
やばい。どう考えてもやばい。何がやばいかというと、私が五歳から先生き残るビジョンが皆無だということだ。
ゲームの詳細を完全に覚えているわけではないが、ガイラルディアの五歳の誕生日にホド戦争が勃発したのが彼の運命の分かれ道だったはずだ。ガイラルディアは復讐の道を選んだ。すなわち、ホド戦争で家族と住民を殺したキムラスカのファブレ公爵家に復讐するためにその家に使用人として潜入したのだ。
ガイラルディアに双子の妹がいたという描写はなかった。姉――マリィベルお姉さまはホド戦争でガイラルディアをかばって亡くなって、それが女性恐怖症というトラウマに繋がってたのは覚えている。妹が生きていれば話が出てきただろうから、レティシア・ガラン・ガルディオスはイレギュラーなのだろう。
とはいえ私が運よく生き残れるとは思えない。このままではホドの消滅といっしょに私も死ぬのだろう。私だけではない、ガイラルディア以外のみんなが、死ぬ。
「……レティシア?目が覚めたのね」
気がつけば誰かが部屋に入ってきていた。私はぎこちなくドアのほうへ顔を向ける。
「おかあさま」
「ガイラルディアったら、あなたのそばから離れたがらなくて――まあ!顔色が悪いわ。まだ熱があるのかしら」
「おかあさま!ホドが、ホドが……!」
お母さまにすがりつく。後になって思えば気が動転していたんだろう。とんでもないことを口走っていた。
「キムラスカが、せんそう、で……!みんな、しんでしまいます……!」
「レティシア。めったなことを言うものではありませんよ」
いくらか厳しい口調でお母さまは私をたしなめた。そして私のことをぎゅっと抱きしめる。
「怖い夢を見たのでしょう。もうすこしおやすみなさい」
「でも……!」
「大丈夫よ。お父さまがいらっしゃるわ」
背中をトントンと叩かれて、私の幼いからだは否応なしに眠りへとおちていってしまう。逆らうことは出来ずにまたまどろみのふちへと立たされていた。
「安心しなさい。何も怖いことはないのよ」
穏やかな声が告げる。ああ、そうなんだと思ってしまった。意識から手が離れる。
「大丈夫よ……。私のかわいいレティシア。あなたたちを殺させやしないわ」
母の言葉は静かに私の胸に落ちていった。


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