ラーセオンの魔術師
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私がプレセアを治したことと、あと先ほどハーフエルフの少年――ジーニアスを助けたことでそれなりに信用はしてくれているのか、彼らは事情をつまびらかにするのにためらわなかった。
「シルヴァラントのマナの神子、ですか」
「そう、信じられないかもしんないけど」
「いいえ。それよりも、プレセアを助けてくれたことにお礼を言わせてください」
シルヴァラントのマナの神子ことコレットがクルシスの輝石に寄生されたのを治すためにテセアラに来た彼らだったが、道中でたまたま知り合ったプレセアのことも結果的に助けてくれたようだ。しかし要の紋の細工をどうにかしなくても、新しい要の紋をつけるだけで大丈夫だったとは……。いや治ったらいいんだけどね。一応ドワーフの居場所もわかったことだし。
ロイド少年はスープを飲みながら照れ臭そうに笑った。どうやら彼がリーダー的存在らしい。さっきのソーサラーリングの件でちょっと心配だったが、話を聞いてるとしっかりしてるいい子だと思う。
で、コレットの寄生もプレセアの問題も一応解決した彼らはプレセアにエクスフィアを流していたディザイアン――ロディルを追うこと、そして精霊と契約してテセアラとシルヴァラントの間のマナの流れを断つことを目的としているらしい。ロディルは一度追い詰めたが、おそらくシルヴァラントに戻ってしまったということだった。
彼らはレネゲードから奪取した時空移動用のレアバード(シルヴァラントからこちらに来るのに使ったものだ)を持っているが、エネルギーがなくて今はシルヴァラントへ移動できない。解決策があるか訊かれたが、どうにかしてレネゲードの基地で充電するしかないと思う。
「ねえねえ、レティシアさんもハーフエルフだよね?」
ロイドの隣のジーニアスが人懐っこく聞いてくる。彼の姉が心配そうにこちらを見ていた。
「ええ、そうだよ」
「やっぱり!一人でこんなところにいるってことはエクスフィアを着けてるの?」
「私は要の紋を持っていないから、エクスフィアは着けていないの」
「じゃあ魔術だけで?すごいね!」
無邪気にはしゃぐハーフエルフの少年に微笑ましい気持ちになる。まあ杖にはかけらをつけたままなんだけど。
それにしてもエクスフィアはシルヴァラントの人間牧場で作られている、か。最初に触ってみたときに感情がかき乱されたのはエクスフィアに命を吸われた人の感情に影響されたんだろう。
そんなエクスフィアを彼らはみな着けている。シルヴァラントでも流通しているんだろうか?尋ねてみると首を横に振られた。
「ううん、ボクのはボクの恩人が着けてたものだよ」
「俺のは母さんの。俺の母さんもプレセアみたいにエンジェルス計画の被験者だったらしくてさ」
どこか陰のある雰囲気で二人が答えたのにしまったと思った。……シルヴァラントの、エンジェルス計画の被験者?頭の片隅で何かが引っかかったけど横に置いておく。
「ごめんなさい、軽率な質問でしたね」
「別にいいよ。それよりどうして精霊の神殿にいたんだ?レティシアさんもしいなみたいに召喚できるのか?」
「私は召喚士ではないですよ。しいなはそうなんですか?珍しいですね」
というか珍しいどころの話じゃない。まだ召喚の技術が残っていたことに驚くレベルだ。そんな召喚士の彼女がロイドたちと共に各地の精霊と契約して回っている、か。
二つの世界の間のマナの流れを断つ……といってもそれによって二つの世界の均衡が保たれていると言ってもいい現状で闇雲にそんなことをして無事ですむのだろうか。大いなる実りが失われるならばクルシスは黙っていないだろうから、放置されてるってことは構わないってことかな。どうなんだろう。
「ああ、あたしは召喚士でもある。でも召喚士じゃないならあんた一体こんなところで何をしてたんだい?」
「ちょっとした調査と実験ですよ。一度奥まで行きましたから、封印まで案内しましょうか?」
「それは助かるな。ロイド、どうだろう」
「いいと思う。ささっと契約すませちまおうぜ」
そのロイドの言葉で休憩は終わりになった。荷物をみんなで片付けているのを眺めていると、ゼロスがいつのまにか横に立っていた。そういえばいろいろ聞いてる間、ゼロスはずいぶん静かだった。
「久しぶりだな、レティシア」
「そうですね。まさかあなたが国から追われる立場になってるとは思いませんでしたよ」
「濡れ衣だっての。まったく、厄介なことに巻き込まれちまったぜ」
ゼロスはそう肩をすくめるけど、別に巻き込まれたわけじゃないだろう。ゼロスはゼロスの目的があって動いているように見える。仕事――なのだろうか。脳裏をかすめた可能性は意図的に思考から追い出した。
「ゼロスは大変ですね」
「あんたも厄介ごとに首突っ込んでるみたいだけどな」
「プレセアのことは、放っておけなくてつい」
彼女の首のスカーフを見る。そういえばあれはゼロスのスカーフだった。一言謝っておこう。
「ゼロス、あの、プレセアのスカーフなのですけど」
「……やっぱ俺のだったか」
「あなたのものを勝手に使ったことは謝ります。すみません」
「いいよ、役に立ったんならそれでさ」
ゼロスはそう言うが、なんだか気落ちしているようにも見える。お詫びのものを渡そうと考えていたけどこんなところで会うとは思ってなかったのであいにく何も持ち合わせていない。
「また今度お詫びしますから」
「そお?じゃ、期待しとこうかな」
へらりとゼロスが笑うのにも不安になった。けれどうまい言葉も思いつかなくて、片付けを終えたロイドに声をかけられて振り向く。結局何も言えずに私はロイドの元へ向かった。
「案内よろしく!」
「ええ、任せてください」
表情を取り繕って先頭を歩き始める。ゼロスからの視線はいつのまにか感じなくなっていた。


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