ラーセオンの魔術師
07

「ゼロス。お金が欲しいです」
ある日の朝、率直にそう切り出すとゼロスは瞬いてこちらを見た。ちなみに昨日はちゃんと家に帰ってきてたらしく、若干着崩しているものの(多分ファッションだ)ゼロスはまともな格好をして私の向かいで朝食に手をつけていた。
「……金?何に使うんだ?」
「宝石を買いたいと思っています。高価なものでなくて構わないのですが」
「ふーん。あんたが宝石を欲しがるとはね」
ゼロスは意外そうな顔をしてしばらく黙ってフォークを動かしていた。私もソーセージを切り分けて口に運びながらゼロスの返答を待つ。
「現物支給でいいか?」
カップを傾けたあとのゼロスの言葉に私は頷いた。
「構いませんが……。自分で選ぶことはできますか?」
「ウチに宝石商を呼ぶからな。あんたは好きなものを選べばいい」
「……な、なるほど」
確かに私は現在ワイルダー邸から出ることができない身だ。となると商人を呼びつけるのは間違ってはいないけど……ちょっと大げさじゃない?貴族ってみんなこうなんだろうか。
「ありがとうございます。では、お願いしますね」
「おう」
ゼロスは軽く頷いて席を立った。私はティーポットから紅茶を注いで、もう一杯味わう。
うん、あまり深く聞かれなくて助かった。宝石を欲しがる理由は少し話しにくいものだからだ。
というのも、私がここから逃げ出す準備として宝石が必要なのだ。宝石には魔力を高める効果がある。純度が高いに越したことはないが、それだけではない。
宝石、というか一部の鉱石にはマナを込めることもできるのだ。つまり、宝石に魔術を刻んでおけば中規模の魔術を即発動という手も可能だ。売ってる宝石がどの程度のマナに耐えられるかわからないけど、とりあえずどんなものがあるか楽しみにしていよう。

そんな会話をした翌日、私はゼロスの隣に座らされて宝石商の広げる商品を見ることになった。客人の前ということでいつもより気合いを入れた格好をさせられたのには閉口したが背に腹は変えられない。……ゼロスはいつものラフめな格好だけど。うーん。
「こちらなどいかがですかな?」
恰幅のいい、いかにも商人〜って感じの人がゼロスに勧めてくるのは大振りのダイヤモンドがいくつもつけられたネックレスだ。こんなんどこにしていけというのか。
「レティシア、何が欲しいって言ってたっけ」
ゼロスがこちらに振ってくるので私も答える。
「ムーンストーン、アメジストあたりですね」
「てなわけであるか?」
「もちろんございます!」
商人はいそいそと箱を取り出して並べた。
アメジストは闇属性の魔術と相性が良く、束縛系の魔術を使うなら役に立つ。ムーンストーンはマナを貯めやすいと聞いたことがあるので尋ねてみたのだが、商人の用意したものの中にかなりいいものを見つけて私は目を奪われた。
ムーンストーンといえば白いのがメジャーだが、これは青みがかかっていて珍しい。見たところ様々な属性のマナを内包している。
これなら上級魔術にも耐えられるだろう。だがお値段はいかほどなのか、ちらりとゼロスを見る。
「これがいいのか?」
「ええと、はい」
「ムーンストーンですな。こちらはシラー効果というものによって青が美しく映えるブルームーンストーンになります。婚約者様に贈られるならあつらえ向きのものですね」
商人がペラペラと説明してくれるけど、私の方は見ていない。私がハーフエルフだからか、それともゼロスがマナの神子なのでそちらに取り入ることしか考えてないのか。少しうんざりしたが、ゼロスは特に気にしていないようだった。
「じゃあそれを。他は?」
他にも買っていいの?!思わず瞬いてから宝石たちに視線を戻す。
結局、ゼロスがゴーサインを出してくれたのでムーンストーンの他にアメジストやターコイズを購入してしまった。アクセサリーに加工されているものがほとんどなのでそのまま私にポンと手渡される。
これでマナを込めたらどうなるか。ジュエリーケースまで買ってもらってしまったのでもう開き直ってワクワクして……いたんだけど。
「じゃあ今度のパーティーはそれ着けろよ」
「パーティー……?」
ゼロスの言葉に私は固まった。それってどういう……?
「あんたにも招待状きてるからな」
「そ、それはまたなぜ」
「神託のせいだろ。俺さまも神託で決められた婚約者以外をさすがにエスコートするワケにはいかねーし?」
「してもいいですけど!?」
「そう言われてもなあ」
パーティーってあれでしょ、貴族たちが集まってダンスとかするやつ!つまりゼロスが適当な理由をつけてダンスの練習をさせてきたのはこのため……?宝石をあっさり買ってくれたのも「マナの神子の婚約者」がみすぼらしい格好をしてたらゼロスの面目が立たないから、とか?
そりゃそうだ、ゼロスは仕事で私に接しているのだ。その行動に善意がないとは言わないけど、基本的に必要なことしかさせない……と思う。
「そうですか……。はあ、わかりました。パーティーというのはいつなんですか?」
「来週だよ。ドレスも作るから」
「はわ」
私も私でここは割り切るしかない、私の仕事=ゼロスの婚約者業=給料が宝石代なのだから……!と自分を奮い立たせたのだが、ドレスを作ると聞いて心が折れそうになった。めんどくさそうというイメージしかない。
パーティーの前に逃げ出してしまおうか。そう思ったけど、来週では時間がない。逃亡して直後はゆっくりできないだろうから万全の準備をしなければまたここに舞い戻って来ることになる。
かっくりとうなだれた私をゼロスは面白そうに見つめていた。


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