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リピカの箱庭/帝国騒動記編のガイがグランコクマにいるあたりの時間軸
※名前変換なしデフォルト名です

シャンデリアが頭上で煌めき、その光がまたそこかしこに反射して眩しい。この場にいる誰もが貴金属を身につけているせいだ。磨き上げられたグラスやカトラリーもまた視界をチカチカさせる一員であり、そして目の前のガイラルディアもそうだった。
「レティ……」
髪をセットして着飾って、身内の贔屓目を差し引くことができないためちょっと見ないくらい男前としか言いようのない我が兄ことガイラルディアは、そのくせ情けない声で私を呼んだ。顔色も悪いし、触れた腕も少し震えている。
理由は単純で、私たちの周りにはドレスで着飾った女性が集まっているからだった。
ガイラルディアの女性恐怖症はマシになっているけど、ここまで大人数に迫られるのは恐ろしいらしい。これで女性が嫌いではないというのも難儀なものだ。適切な距離だと普通に紳士だからね、ガイラルディア。

さて、なんでこんなことになっているかというと、皇帝陛下が毎年主催するシーズン初めのパーティーの招待状が届いてしまったからだ。貴族と社交は切っても切れない関係にあり、新顔のガイラルディアは必ず出席しなければならない。
これは法があるわけではないのだが、しなくては不利になるからだ。死んだと思われていたガルディオス家の嫡男がどんな人間なのか見極めたい者は多いだろう。何せすでにピオニー陛下の側仕えとして抜擢されている。
ガイラルディアがキムラスカにいたのも近付く者の多い理由の一端だ。ファブレ侯爵家に仕えていたというのは公然の秘密のようになっていて、これはガイラルディアが記憶喪失だったからという話になっている。
キムラスカのスパイではないかとか、あるいはファブレ侯爵家の秘密を握っているのではないかとか。さらにはローレライ教団の導師とも懇意である。バックについているのがピオニー陛下でなかったらもっととやかく言われていたに違いない。
あとはカーティス大佐もいるからね。日和見主義の風見鶏貴族は死霊使い殿に睨まれたら大抵黙る。悪名も使いどころがあるものだ。

そんなこんなでガイラルディアに興味がある貴族は多いが、強硬手段には出られない。そうなると、娘を使ってくる輩が自然と多くなる。当主だと大問題でも子どものしたことだと大目に見られることもあるし。
なにせガイラルディアは独身の貴族当主、しかも伯爵だ。ピオニー陛下のお気に入りであるというのは加点で、外見も良くて性格も素晴らしいとなると大変優良物件となる。
あとはまあ、私も何だか知らないけど顔と名を売ってしまったからだろう。フォミクリーとか譜業技術の利権に興味のある輩が近づいてくる。なかなか大変だ。
「困りましたね。薔薇を愛でるにはすこし騒がしい夜のようです」
ガイラルディアも相手がその辺の町娘なら普通にあしらえるんだろうけど、何せ貴族が相手だ。下手なことを言うとまずいという感覚が抜けないのか――抜けなくてもいいんだけど――困り切っているようだったので私が口を出す。すると察しのいいお嬢さん方はぴたりと口をつぐんだ。
「がっ、ガルディオス伯爵!わたくしは侯爵家のものなのですけれど」
すると静かになったのがチャンスかと思ったのか、一人の女性が前に出てきた。侯爵家、ああ、あそこね。ホドグラドができる前にたくさん資金をいただいて助かったところだ。
でもそれはノブリス・オブリージュでなくてはならず、つまり借りではない。このお嬢さんはそれをわかっているのだろうか。
「そうでしたか。侯爵閣下にご紹介いただいておりませんので、存じ上げませんでした」
小娘一人乗り込んできた程度で相手すると思うなよ、とにっこり微笑んでみせる。貴族当主相手に不敬承知で娘を接触させようなんてよくもまあナメた真似をしてくれたものだ。私にやらかしたボンボン子爵のことなんてすっかり頭から抜けているらしい。
「次は薔薇園でお会いしたいものです。このような場では落ち着いて話せませんからね」
ラベルのついていない花なんて本物かどうかも定かではない。筋を通して話しに来いと言うとその令嬢は顔色をさっと変えた。しかしさすがと言うべきか、すぐに背筋を伸ばす。
「ええ、ぜひ。そうさせていただきたいものですわ。それではごきげんよう」
筋通せば座って話をするんだな?と言わんばかりに睨まれる。さあ、するとは言ってないし。首を傾げて唇に浮かべた笑みは崩さない。
くだんの侯爵は反皇帝派ではないが、扱いやすい人でもない。この件でどうこう言うことはないけど、まあガイラルディアの相手には不足しているだろう。……私が採点すると厳しすぎる?仕方ないことだ、うん。
今のである程度は蹴散らすことができたが、まだ残っているお嬢さん方はいる。親からよっぽど言われているか、あるいはガイラルディア本人に興味があるのか。飲み物を取り替えながらちらりとあたりを伺う。
「ガイラルディア、そろそろ音楽が流れるようです」
「……じゃあ抜け出せるな」
こういうパーティーにはつきものなのは楽隊、そしてダンスだ。まあ、ダンスに誘ってほしくてガイラルディアにどうにか接触しようとしてきたんだろうけど。そもそも挨拶回りでもお嬢さんの紹介は私がばっさり切り捨てちゃったからね。
「それにしてもレティはさすが慣れてるな」
「そうでもありませんよ。アクゼリュスにもしばらくいましたから、パーティー参加の経験はさほど」
ちゃんと参加したのなんてそれこそピオニー陛下の即位の時のパーティーくらいかもしれない。それまでのパーティーは夜は参加しなかったからね。
「そうなのか?」
「そうです。それよりガイラルディアの方が覚えが良いではないですか」
「面倒見てたからなあ、ルークの」
ガイラルディアは結構あっさり貴族の名前や顔を覚えてしまう。しかしなるほど、ルークのフォローをしてたからか。確かに彼は興味のない人のことはさっぱり忘れてそうだ。王族に連なる者だから許されている振る舞いというか。
まあ、私も強く出られるのは今の地位のおかげもある。当主とそうでない貴族の隔たりはかなり大きい。私に爵位が残ってなかったらもうちょっと下手に出てただろうから。
そんなことをぼそぼそと喋っているとようやく一曲目が終わった。最初のダンスは主催者、つまり今回の場合は皇帝陛下や皇族が踊るのが普通だが、ピオニー陛下は最初のダンスを踊ることはない。今踊っているのは派閥のお偉方だ。ここで私たちが踊るのはちょっと目立ちすぎる。
「レティ」
なので二曲目に入ってからガイラルディアは私の手を取った。グラスを給仕に預け、私たちはホールの真ん中に文字通り踊りだす。
ガイラルディアと踊るのは初めてではない――というのは、単純に練習で私以外が相手を務められなかったからだ。幼い頃もマリィベルお姉さまに言われて真似事はしたことがある。
そんな思い出が脳裏によぎってふと笑うと、ガイラルディアも似たような表情をしているのに気付いた。口に出さなくても同じことを思い出していたのだとわかる。
「お姉さまが見たらなんと言ったかな」
「……ご令嬢の相手はレティに任せるなと叱られたと思う」
「あは、言いそう」
誰よりも口うるさく厳しかったお姉さま。でもガイラルディアとの間ではあたたかった記憶として共有できるのがうれしい。ガイラルディアがいて、お姉さまがいて、ヴァンデスデルカがいたあのホドを、私はやはり狂おしいくらいに想うから。
「でもあんなに詰め寄られるとは思わなかったからな。俺も腹を括らないとダメか」
「あれは初回限定だと思うよ。無理なものは無理でいいよ、陛下もわかってるし」
「陛下に頼るのか……」
「普段こき使われてるんだからこれくらい見返りは必要でしょう」
くるりと優雅に見えるようにターンをする。戦闘よりもずっと簡単。相手がガイラルディアだから息を合わせる必要すらない。
ガイラルディアも自然体で、苦笑しながら私の腰を抱き寄せた。
「レティは陛下と仲がいいな。踊ったことあるのか?」
「まさか。そんな大変なこと頼まれてもしないよ。というかダンスなんて普段誰ともしません」
「断れるのか?」
「私と踊りたい人間はたいてい私より地位が低いからね」
求婚者もそうだったけど、未婚の貴族男性で爵位持ちはほとんどいない。つまり爵位持ちの私は爵位がない男性のダンスの申し込みは断り放題なのだ。
ちなみに女性から誘うことは比較的少数かつガイラルディアもたいていの未婚貴族女性より地位が高いので、断ること自体には問題ないのである。
「さすがガルディオス伯爵」
感心したようにガイラルディアが言うけど、私のイメージが一体どうなってるんだろうとちょっと不安になった。

曲が終わってホールの端に二人で避難する。一度踊ったし、顔は見せたし、あとは適当なところで撤収すればいい。ガイラルディアも今後は王城でのパーティーなら陛下の側仕えとして主催側に回ることのほうが多いから心配ないだろう。
キラキラ眩しいホールから視線をそらして息をつく。ガイラルディアが飲み物を取りに行ってくれて、ぼんやりと待っていると「レティシア」と声をかけられた。
聞き覚えがありすぎる声。というか、この場所で名前で呼ばないでほしい。
「ピオニー陛下。ご機嫌麗しゅう」
ニッコニコの陛下、そしてその後ろにフリングス少将が護衛なのか立っている。多分職務中だから軽く会釈するだけにしておいた。
「そう固くならなくていい。楽しんでいるか?」
「はい」
陛下はあんまりパーティーに長居しないのになあ。今日に限ってどうしてまだいて、しかも声をかけてくるのか。顔に出さないようにしたけれど考えていることはバレたらしい。
「なに、ガイラルディアと揃って出ると聞いたからな。ダンスも見事なものだった」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「どうだ、レティシア――」
ヤバい。一瞬で悟った私は取り繕うのも忘れて身構えた。さすがに皇帝陛下のお誘いを断るのは、無理だ。
嫌なわけではない――のだけど、さすがに立場ってものがある。陛下もわかって言っているのか、囲い込むつもりなのか。思わず一歩あとずさりそうになった私の背中に誰かが触れた。
「ピオニー陛下」
肩に手が置かれる。言葉を遮るのに何の気負いもなく、淡々とした声だった。
「今夜、レティシアと踊れるのは俺だけです」
「そうなのか?ずいぶん独占欲の強いことだ」
「大切な妹ですから」
このパーティーの目的は二つ。
一つはガイラルディアの公的な社交の場のお披露目と、そしてもう一つは私とガイラルディアの仲を見せつけることだった。ガルディオス伯爵は穏当に後退し、そして分家当主となった私と仲は良好で付け入る隙は無いのだと。
なので最初から――そもそもガイラルディアが女性に触れられないので無理ということもあるが――私たちは他の誰とも踊るつもりはなかった。だからいいんだけど、陛下にまできっぱり言い切ってくれるとは。
陛下は明らかに面白がっていて、これが彼の策略なのか気まぐれなのか何なのかわからなくなってくる。……まあいいか、十分に注目を集めることはできたのだし。
「そういうことです、陛下」
私もここぞとばかりにガイラルディアの腕に自分の腕を絡める。ふふん、ガイラルディアにこうできるのは私だけだ。確かに独占欲が満たされる。
「まったく、仲のいい兄妹だ。邪魔者は退散するとしよう」
おどけたまま陛下はひらりと手を振って去って行ってしまう。フリングス少将も苦笑を残して立ち去り、私たちは顔を見合わせてため息をついた。
「心臓に悪いお人だな……!」
「ありがとうガイラルディア。早く帰りましょう」
「それがいいな……」
普段の、半プライベートでの距離感とこういうときの距離感が同じなのはマズい。私は女なのでなおさらだ。態度を変えると陛下も気の毒だと思うが、保身だ、保身。
「……レティ、今後一人でパーティーに出るなよ?」
「そんな予定はありませんとも……」
疲れ切ってそんな会話を交わしながら会場を出ていく。
そう、他の誰とダンスを踊るつもりもない。少なくとも、私は。
「でもガイラルディアは今後あるでしょうから、頑張ってくださいね」
「早くレティに頼らなくていいようになるよ」
馬車に乗ってタイを緩めながらガイラルディアがつぶやく。そんな彼の肩に寄りかかって目を閉じた。じゃあきっと今だけだ。
――今だけはこの独占欲に浸っていよう。

2023.02.15

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