ヤンキー男子校仁王くんと隣の女子高生ぶんちゃん








「くぁ……」

なんの隔たりもなく頭上に広がる空は、時の流れを感じさせないくらいに穏やかで、白い雲が呑気さをさらに醸し出していた。
俺は綺麗とは言い難い床はから背を離し、態勢を立て直してコンクリートのくすんだ色の壁に寄りかかる。眠っていたおかげで眠気はすっかりなくなったが、寝起きのせいかやはり頭がぼーっとしている。だがそれに思考を預けてふわふわとだらけるのもまた心地よい時間である。そこであくびをもうひとつ。
そうして無駄に時間を過ごしていると、微睡んでいた頭も段々冴えてくる。
閉じていた目を開けると、やはり先程の記憶とは違い雲の位置がずれており、時がしっかりと流れているのを教えてくれる。さらにもう少しすればなるだろうチャイムはもっと具体的な時間を俺に伝えることだろう。

寝起きにタバコを吸うかどうか悩んで、結局一服することにする。吸うたびに存在を主張する火に先端が灰と化していく。
ふと給水タンクの下をみると、かなりの具合で錆びた古い空き缶がある。
その中には結構な量のタバコが詰められていた。これは俺が置いたものじゃない。ここは俺が入学したころから封鎖されていたから、かなりの年期が入っているはずだ。よく見れば隅っこの方にある排水のための溝にも吸ったあとのものが捨てられている。
(ついでに封鎖されているはずのここになぜ俺がいるかというのかは、企業秘密じゃ。)

ふーっと息と煙を吐きながら空を見上げる。
姿見ぬ先輩方が吸殻を詰めていたように、この学校はちょっとやんちゃな人間が多い。煙草に限らず、ここから校内を見下ろしたら、授業に出ずにさぼっているやつらを見つけることが容易にできる。
もちろん中にはバカみたいに生真面目なやつもいるし、そこらへんは他校とも変わりないかもしれないが、やはり割合は前者のほうが勝っているだろう。

風が吹き、煙草の先の火はまた焼き付けるように強調し、漂う煙は薄れて消えていく。
自らの色素が抜けきった髪もさらさらと肌を撫でた。

「3・2・1……」

呟いた数字。
カウントしたゼロに合わせて、おなじみの音階でチャイムが鳴り響いた。
それは俺にいる場所、屋上も例外ではなくて。
煙草を携帯灰皿の中にいれ、ゆっくりと立ち上がる。

「さぼりタイム終了」

……かくいう俺も、どちらかというとやんちゃな方に属すわけだが。
しかも、ただこの年代にありがちな「やんちゃ」さとは違うため、教師の間では変わった手の焼かされ方をする存在として認識されてしまっている。

(さて…)

本来ならまだ学校にいなければならないのだが、俺は持ってきていた鞄を引き寄せて肩にかけると、そのまま真っ直ぐ昇降口を目指して階段を降りていった。




同じ部活である真田や柳生に見つからないうちに学校を退散した俺は、授業だけではなく部活さえもさぼり、だが、家に帰る訳でもなくなんとなく公園へと向かっていた。
別段公園にいかなくてはいけない理由があるわけではない。気分だ。
なにか面白いものがあればいいと、そこに何かあることすらあまり期待をしていないというのに足を延ばす。
まぁ運が良ければあればいいというそんな程度だったのだが。

「お」

見覚えのある制服を来た男がある女の子をナンパしている。
……あれはうちの学校の制服だ。
よくみれば、絡まれている女の子も近くにある女子高の制服を着ている。その制服を可愛らしく着こなしているその子は、困惑したような顔をしていて、明らかに迷惑そうだ。

(そりゃあんな誘い文句じゃったらのう……)

聞こえてくるセリフは男の俺が聞いても哀れとしか思えないものだった。ほめるのも乗せるのも下手、というか必死すぎて、もしこいつらについて行ったら何をされるかなんてわかってしまう。
男しかいない高校なので女子に飢えているのは分かるが、欲望が丸出しだ。
もし俺が女で、しかも尻軽だとしてもこんな誘い文句だったら萎えてしまう。
男であっても、今現在進行形でそうである。俺が対象でないにしても、そろそろ不快の域に突入してきた。
なにより女の子が可哀想になってきたので、ちょっとだけ救いの手でも。

そう思ったことが俺のこの退屈な日々を変えてしまうだなんて、誰が予想するだろうか。

「お前さん、もうそろそろええ加減にしたらどうじゃ?」

彼らに近づいてそういうと、二つの顔がこちらを見た。
ちらりとみた彼女の顔は、助けを出してくれた俺の存在に少し安心したのか、緊張は解いてはいないが安堵の色が伺えた。

「そんな誘い文句じゃどんな女もついてこないぜよ」

そしてぐいっと彼女の腕を強引に引き寄せ、脇に置くと、びっくりしたように大きな目を見開いていた。

(あれ……この子、)

なにかが記憶の中で弾かれる
が、その記憶に引っかかるものが何かを見つけ出す前に、俺がこんな行動に出たことが腹に立ったのか、見かけからしてアホそうな男が顔色を変え、こちらへと詰め寄ってくるのを見る。
その子も怯えた表情に変わり、ぎゅっとさりげなく俺の制服を掴む彼女はまるで小動物のようだ。
困ったような表情に、恐怖に耐えるためにきゅっと結ばれた唇、すこし潤んだ、頼りにされているその視線。

(うわーうわー何この子。めっちゃかわええ!!)

平静な顔をしながら、心の中で叫びまくる。
ずきゅんと胸を射抜かれた、という表現がぴったりなのか。
いままで散々あざとい女共にあい、靡くことなんて一度もなかったことがない俺が、まさかこんな不意打ちを食らうなんて。
いや、不意打ちどころじゃない、これは……

「おいてめー何してんだよ、お前には関係ないだろうが!!」

男の大きな声に驚いた彼女は、赤い髪を揺らして無意識のうちに俺の後ろへと下がる。
やはり女子は殴り合いとか声を荒げるような喧嘩に慣れていない。怖く感じてしまうのは当たり前のことだ。
(というか、なん怯えさせとんじゃ!埋めるぞ!!)

という気持ちは詐欺師の名のもとに伏せ、冷静に対処することにしよう。

「関係ない俺でも不快やったけん、あれはもう公害やけん、こりゃ俺にも何かゆう権利あるじゃろ。なによりこの子、めっちゃ引いとるし。なぁ?」
「あ、あの……」
「つかはっきり言うたる。その残念な口説き文句ずっとこの子に聞かせるのも俺の耳に入るのも迷惑ぜよ。なんでもええから消えんしゃい」

そこまでいうと、俺のいった台詞の意味に彼女はしどろもどろしだし、男はというと眉を吊り上げ顔を真っ赤にして俺に怒鳴った。

「てめぇ…このやろう!!」

怒りに身を任せ、振りかぶる男。
はぁー…この年頃の男子はすぐに血が上る。いや、こんなに早いやつはそうそういないだろうが、おんなじ学校出身であることを恥じるくらいに単純なやつだ。
そりゃこんなに煽り文句に簡単に乗せられ怒りに身を任せてしまうようなやつに女は絶対ついてこないにきまっているだろう。もう少し我慢というものを覚えるべきだ。俺のトモダチの自称紳士を紹介してやるから、紳士のいろはをみっちりたたきこんでもらうと言い。

当然、痛いのも素直に殴られて格好悪いところをみせるのもいやなので、すっと飛んできた拳を避け、すっと身を翻し女の子の手を掴んだ。

「ひゃっ!!?」
「走るぜよ」
「おいこら待て!!」

喧嘩が弱いわけじゃないが、喧嘩になるのはなにかと困る。
煙草同様ばれると面倒なことになるのだ。
煙草はまだ自分でうまく隠せばなんとかなるものだが、喧嘩は他者とのかかわりがあるためそう簡単に隠蔽できるものではない。
面倒事に巻き込まれるのは好きじゃない。だから面倒事に繋がることは、至るまでに避ける。それが俺のスタイルでもある。
まぁ、今回彼女を助けること自体が面倒事だったのかもしれないが、今となっては気にならない。
男の歩幅で走っているそれに一生懸命ついてくる彼女は、とても愛らしく感じているからだ。

曲がり角を曲がり、そのそばにある草むらに、彼女と二人で入る。
そして走るのをやめ手を離すと、彼女はもっと先へ逃げた方がいいのではないか戸惑いを見せたが、身長差がある彼女が俺の歩幅でついてきていたおかげで彼女の息はかなり上がっている。汗もかいており、心なしか顔も真っ青な気がする。
ここまでついれこれていることはすごいが、あまり無茶はさせないほうがいいだろう。

しかし案の定、複雑な道を逃げ回っていたわけではないので、そう時間を空けないうちにさっきの男は俺たちに追い付いてきた。
逃げようと背を向けかけた女の子の腕をつかみそれを阻止すると、止められると思っていなかったのかびくりと震えてひっと声を上げた。

「もう終わりかよ。案外頼りなかった助っ人だったなぁ。せっかくの助っ人が見た目だけで残念だったな」

じゃかやしいわ。
にやにやと笑いながらこっちに近づいてくるそいつに言いそうになるのを耐え、こちらもじりじりと後ろへとさがる。
しかし、そんなゆっくりした追いかけっこも、背中に迫る木々に阻まれあっという間に追い詰められてしまう形となった。

「さぁて、覚悟はできたかなー?」

その言葉に、バカらしくて鼻で笑ってやる。

「覚悟なんてするかアホ」
「……じゃあそのまま死ね!!」

そういってこちらに走ってきた。
背中に引っ張られる感触。
彼女が逃げようと俺を引っ張っているのだ。
しかし俺は彼女に笑いかけた。
そりゃあなんとも意地汚い笑みで。

「うわああああああ!!」

俺はその顔のままで彼らの方に向き直った。
……絡まった縄に足を取られ顔面に顔をぶつけたやつに。
ここらには試作した悪戯用トラップがたくさん仕掛け、喚く男を無視して歩き出した。 混乱している彼女の手を取ったまま、その声が聞こえないところまで。 「あ、あの…もう大丈夫ですから」 安全なところまでやってくると、控えめな声でそう言われた。 派手な髪色とは違い、意外と大人しい子のようだ。 「だからその、手を……きゃっ!!?」 俺を掴んでいた彼女の小さな手をぐいっと引き寄せると、そのまま彼女のとしているが、そう簡単に解けるように作った覚えは俺にはない。
しばらくは足の枷となるそれは解けないだろうから、身動き出来なくなるだろう。

「面白いくらい簡単に引っかかったのう。んじゃ、しばらく頭を冷やしてくんしゃい。」

それだけ言うと俺は何食わぬ顔をして、喚く男を無視して歩き出した。
混乱している彼女の手を取ったまま、その声が聞こえないところまで。

「あ、あの…もう大丈夫ですから」

安全なところまでやってくると、控えめな声でそう言われた。
派手な髪色とは違い、意外と大人しい子のようだ。

「だからその、手を……きゃっ!!?」

俺を掴んでいた彼女の小さな手をぐいっと引き寄せると、そのまま彼女の腰に手を回し捕える。
急接近したのは俺たちの体だけでなく、あえて顔も近づけて。
不安が揺れるその瞳は、俺にとってはとても魅力的に見えたのだ。そして、赤く柔らかそうなその唇も。
顔がにやつくのを必死に抑え、評判高いこのルックスと声で本気で落としにかかる。

「お前さんに惚れてもうた。俺と付き合わん?」

惹かれるままに、その唇を重ねるために胸を押す彼女の腕に逆らいながら距離を縮める。
逃げられない様に、がっしりと腕に力を込めて。


「まっ………」
「ぶんちゃーーーん!!!」

聞き覚えのある声に、一瞬気が逸れた。
しかしすぐにキスをしてしまおうとしたが、その隙を見逃さず彼女は渾身の力をこめて俺の体を押して怯ませ、するりと腕の中から逃げてしまった。
ちっと舌打ちをして、声のしたほうをみると、予想通りの人物とその陰に隠れるその子がいた。

「……幸村」
「仁王じゃん。え、てゆーか部活は?」

俺がここにいることを不思議に思ったのだろう。が、俺はその質問を流すことにした。何故かというとこいつは俺の入っているテニス部部長の彼女であり、ちくられると色々と面倒だからだ。(まぁ、見つかった時点で避けることは無理だろうが)
並んだ二人、焦点を幸村の影に隠れてしまった彼女に合わせて、気づく。
幸村と同じ制服を着ていた。

ああ、やっぱり。
どこかで見たことがあると思ったら、彼女は幸村の友達だったのだ。
会話はしたことがないが、彼女と一緒に見たことは何度かある。
確かに、可愛らしい子とは思っていたが。

「なぁ、幸村。その子と友達なんか」
「そう。ぶんちゃんとは公園近くで待ちあわせしてたんだけど、待ってても連絡しても来ないからさ。絶対無断でこんなことするわけないし、違うとこいるのかなーとおもって歩いてたら、バカ丸出しな男がいたから、こりゃ絡まれたかなーと。」
「歩いてたってことは、もう近くにいるかもしれんのう…」

そう呟くと、ぶんちゃんと呼ばれたその子の表情が曇る
そんな彼女の表情に気づいたのかそうでないのか、幸村はまるで普通に話の続きのノリで話す

「大丈夫。俺が埋めといたから」

俺のかわりにしてくれるとは、さすが神の子である。大変安心だ。
あーあ、よりによって幸村に声かけたんか…命知らずじゃ。
さすがに今頃犬神家状態になっているだろう彼を思い、追悼の意を込めて空を仰いだ。

「ま、仁王が助けてくれたんだったらありがとう。弦ちゃんにはちゃんと言っておくから」
「そうしてくんしゃい。」

幸村の後ろで俺たちが知り合いだったということに困惑している様子だったその子と目を合わせると、彼女はびくりと俺を見た。
はぁー、あのまま出来とったらお持ち帰りも夢じゃなかったけんのう……。変に手を出したせいで危険対象として見られてしまっている。
しかしそんなただリスクの高いことを俺がするわけがなく、すっと彼女のポケットから抜き取った生徒手帳を開けると、彼女の目が見開いた。そして、自らの制服のポケットを漁って、俺の手の内にあるそれを取ろうとした。
無論、かわす。

「丸井…文ねぇ……」
「返して……!!」
「かわええ声」

身長の低い彼女が一生懸命取り返そうとしているのが可愛くて、しばらくいじめていたが、これ以上すると後ろにいた幸村が怖いので彼女で遊ぶのはそろそろやめておくことにしよう。

「……のう、ぶんちゃん。」
「………なに」
「俺は諦めんき、覚悟しといてな」
「……そんなこと言われても……」
「やけんまた会う時までこれ預かっとくぜよ」
「え!?」

俺は自分のポケットに彼女の生徒手帳を入れると、身を翻した。
文は呆然としているようだが、幸村は笑っていた。
生徒手帳を持っていくこと自体は怒っていないようで、むしろなにか面白いことがおこりそうだと喜んでいるようだ。実はあいつとは似ているところがあると、初めて会ったときに感じていた。

「幸村通じて連絡するから、デート楽しみにしとって」

唖然とする彼女の表情を最後に、俺は時々通るこの道をいままでにないくらい高揚した気分で歩いたのだった。


121212
実は付き合ってちょめちょめしちゃうまで考えちゃったせいで色々説明しきれていな感じが……。
ぶんちゃんは男の人が苦手です。
久しぶりでちょっと不安ですが。
返品可能です!

リクエストありがとうございました!



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