※女体化ブン太




まだ寒くはあるものの春の訪れを感じさせる暖かい日が多くなってきた出会いの月、四月。
この月に入ってからまだ数日しか経っていないけど、ちらほらと春が芽吹いているのを見るともうすっかり春になってしまったような気分になってしまう。
柔らかな日差しに青い空、咲き始める準備万端な桜。どれもこれも頭の中を陽気にさせてしまう力をもっている。

無事に入学試験を合格し、入学を控えている学生
希望の会社に入ることが決まり、安心している新社会人
みんなみんな、浮かれている

だけど私はその中に入り込めそうにはなかった。
留年したわけでもない、弟が受験に落ちたわけでもない。

理由……、それは。

「……遅い。」

同棲同然で付き合っている彼氏、雅治が最近不審な動きをしているから。
元々不審なやつではあるけど、今回はそうじゃなくて。

まず、帰り時間が遅い。
今までに遅い日がなかったわけじゃないけど、ここ最近はいつも帰りが遅い。
こんな日が続くなんてなかったし、私が不思議に思って何しているのか聞くと、

「実験」

と胡散臭い微笑を浮かべながら誤魔化す。
多分ゼミのことなんだろうけど、私は雅治が大学でどんなことしているかなんて知らないしわからない。(雅治は理系だからもし説明されたとしても何が何かわからない)
ほんと?って聞き返してもほんとって言ってくるし。
嘘だってわかるから問い詰めたいけど、でも本当のこと言われたら怖いってことにしり込みしてまだ深く聞きこめていない。

なんで嘘かわかるかというと……

「ただいまー」

携帯の時計表示とにらめっこしていたとき、玄関の方から重いドアが開く音と聞きなれた声が聞こえてきた。
遅れてどすん、と想いドアが閉まる音が鳴って、こちらに歩み寄ってくる足音。

「ぶんちゃーん」

薄いコートを適当に椅子の背に掛け、クッションを抱えてソファに座っていた私の隣にきてぎゅっと抱きしめられる。
甘えたような声に腹が立つけどそれ以上に顔を顰めさせるようがそこにはある。
ふわりとかおる、雅治自身の香りと……女物の香水の香り。
そう、ここ最近雅治は女物の香りを身にまとって帰宅してくるのだ。しかも、いつもより遅い時間に。

(また……違う香り)

浮気?
私というものがありながらよその女と実験と嘘をついて遊んでいるの?

イラつく。と同時に悲しい。
私だけがお前のことを好きなの?
のどの奥から言葉がこみ上げてくる。
でも寸前でそれを止めるのは恐怖だ。

「今日も遅かったね」
「ちょっと手こずってしまったんよ、すまん」

震えるのを我慢してやっと出した言葉。
なのに雅治は平然と嘘をついた。

嘘だってばれてるってことわかってるよね?
だってそんなあからさまに女ものの香水が身に染みついてるんだよ。雅治がそれに気づいてないわけがないよね。
だってお前目敏いやつだもん。だけど私もそれなりに目敏いやつだってお前もしっているはず。

実験てなんだよ。
くさい香水振りまくってるどこぞの女と遊ぶこと?
よく吐き気を覚えるようなくっさい香りの香水持ってるような女どもと毎日毎日懲りずに遊び回れるよな。
それとも私がいつ言い出すか観察でもしてんの?

私が黙ってしまったのを見て、雅治が抱きしめるのをやめて顔を覗き込んでくる。

「さびしかった?」

ふざけんな殴るぞさびしいに決まってんだろ。
目が涙をこぼそうとしているのをどうにか耐える。

雅治はそっと私の顔をあげさせると、ちゅっと音を立てて唇にキスをしてきた。
可愛らしいキスもいまではそう感じない。
キスの不意打ちとともに鼻にかすめるあの甘い香り。

(うわ……すごく好きかも、この香り………)

悔しい悔しい悔しい。
自分が好きな香りを、雅治と遊んだ女がまとっていたなんて。
単に自分がいい匂いって思うだけなのに、その相手は自分よりイイ女であるような想像にとらわれる。

そんな私の思いなんて知りもしないで、雅治はまた私を抱き寄せた。あの香りが強くなる。

「大丈夫やけん、もうすぐ終わるき」

ねぇ、雅治。
何がもうすぐ終わるの?

……私の誕生日を、もうすぐに控えて。


***


あれからも雅治から香水の匂いは消えなかった。
おかげで変に神経使っちゃって窶れ気味。精神的にかなり不安定になっているような気がする。

私はこれほどに悩んでいるのに、雅治はというといつも通り接してくるし、愛の言葉をささやいてくる。
私を馬鹿にしてんのか、って最初は怒っていたけどもうそんな気力はない。
今すぐに真実を問い詰めたいけど、それが怖い私が悩んだ結果、とりあえずは、これが私の誕生日、四月二十日(つまり今日)まで続いたら、さすがに別れを切り出そうと思う。
よくドラマとかで誕生日に別れを切り出す恋人がいて、わざわざ誕生日に言わなくてもいいじゃんとか思ってたけど、まさか私が、しかも私の誕生日にそうしてしまうかもしれないだなんて考えたことがなかった。
いままでにもこれからにもないくらい嫌な誕生日に自ら仕向けてしまっているのは分かってるけど、女の影がちらほらしたまま誕生日を祝われたくないし。
それでもあきらめきれるかわからなくて、馬鹿な女になりそうで怖いけど。

きっと何かの勘違いだと信じたい。
でも雅治が香水をつけて帰ってくる理由が他に思い当たらない。
けど……。

そんな葛藤は、もう何度も繰り返していてそのたびに心が荒み、傷つき、自分を臆病にしていく。
観念しろ!って怒鳴り散らして必死に謝らせて、もう次はないからな!!って言えるくらい私は強かったはずだったのに。

それまでに私は彼の事を愛していたんだ。まぁあいつはどうだかわかんないわけだけど。

そう思う反面、でもやっぱり少しおかしいような気もする。
……雅治には変化がないのだ。
こう………私に変わりないように見せているって言う意味での変化がないじゃなくて、愛情的な意味で?

うまく言えないけど、私が雅治に疑惑を抱いていたあとでも、前と変わらず愛してくれている、みたいな。
雅治はなんだかんだで私を溺愛している。(自分で言うのも恥ずかしけど)
それは相変わらずだし、……そう!他に愛情を向けているようには見えないのだ。

そこでため息を吐く。
それはあくまで私からの視点であって、やっぱり都合のいいようにしかとらえられていないんだろうなぁ……って。

ぎゅっとクッションに顔を埋めて、態勢を変える。
しん、とたたずむ静かな空気。
雅治は家にいない。いるのは私一人だけ。

今日は私の誕生日。
おしゃれをして外に出て、いっぱい遊んだりデートしたり、みんなが私にお菓子をくれて、プレゼントをくれて、美味しいご食事と大好きなケーキを食べて、私の誕生を祝ってくれる最高の日なのに。
雅治のせいで、おしゃれをする気にもならない、外にも出たくない、雅治もいないし、何かもらっても笑顔になれない、食事もケーキもきっとおいしく感じない。

憂鬱な気持ちしか沸いてこない。
今日という日はそんな気持ちでいっぱいだった。
なんでこんな目に……そう思う。

(ばか、ばか)

まさはるのばか……。
彼女ほっぽって誕生日当日もどっかの女と一緒にフラフラしてんのかよ。
なんでもいいよ。はやく帰ってきて、私の隣にいてよ。
浮気してんなら、いっぱい謝るなら許してあげるから。

暗い思いとひざを抱えて孤独に耐える準備をした。

――――ガチャ

玄関のドアが開く音に、俯かせていた顔を勢いよくあげる。

え!?帰ってきた……!!?

想いが届いた果てなのか、はたまた偶然なのか。
雅治が帰宅してきたのだ。
よすぎるタイミングに、思考は冷静さを失った。

(なんだよ今更……!!)

その結果寂しいだなんて思っていた淑やかさは消え失せ、それに対する怒りが沸々と滾ってきた。
さっき一人で考えていたのはどこへいったのやら。そうだ私はこんな女だったはずだ。

扉を開いた主をリビングで待ち伏せ、その姿を見せた瞬間、怒りをあらわに口を開いた。

「バカ!詐欺師!変態!!白髪!!ろくでなし!!女たらし!!!」
「はっ?!」

そして悪態にプラスして、追加攻撃として持っていたクッションを投げつけた。
いきなり攻撃行動をとられた雅治は顔面に向かって投げられたクッションを不意打ちながらぶつかる寸前でガードする。
意味がわからない。盾につかった左腕の奥の顔がそう言っていた。

間抜けな顔。
きっと今まで我慢した寂しさと悔しさがどこか的外れな方向に言葉とって彼に矛先を向けてしまったのだろう。
まだまだ言い足りなくてまたなにかいってやろうと息を吸って、そこでぶんはあることに気づいた。
自分を守るために咄嗟に使った雅治の左腕――のその先、つまり左手に何かを持っていた。
それは白くて、取っ手のついた厚紙でできた四角い箱……。十中八九それをみて思うのは、ケーキの箱だろう。
何故か息がつまる。

ぶんの目線を追った雅治が、自分の手が持っているものに意識を向ける。
そしてしまったと言いたげに、腕を下げた。

「うわ、ぐちゃったかも……まぁ食えたらいいか」

そう呟いた。

「なに、それ」
「え、わからん!?どうみても中身ぶんが大好きなケーキじゃろ」
「それはわかるけど!!っていうかなんなんだよ」
「いやこっちがなにって感じじゃけん。いきなり悪口言われるし投げてくるし。
今日はぶんの誕生日じゃろ?」

そういって雅治は私がしたことに大して怒った様子を見せず、ささっと私の両肩を掴んでソファに座らせた。
その力は思ったより強くて、強制感を感じる。怒ってるのか?って顔をのぞいたけどうやっぱりそんな様子はない。
そそくさと雅治は隣に座るとケーキを机の上に置く。

(あれ……)

そういえば今日は香水の匂いがしない。
きっかけを逃したような気がした。その一方、安心している自分が心の中にいる。

「ぶん、誕生日おめでとう」
「あ、うん……」

雅治は笑みを浮かべて何か言っている。あ、私の事を祝ってくれてるのか。
でもこんな複雑な感情を内に抱いているままじゃ、素直に喜べない。
聞くのは怖いくせに、結局は本当はどうなのか知りたがっている。

雅治はコートのポケットからプレゼント包装された小さな袋を出して、私に差し出してきた。
私はそれを受け取る前に、すこし考えて、手を出すのではなく口を開く。

「ねぇ雅治……聞きたいことがあるんだけど」

最後の方は震えるような声になっていた。それにこいつが気付いたのかわからない。
雅治は、ん?と軽く首を傾けて続きを促した。

「どうして最近、遅かったの」

ぽつりとつぶやくように言えば、思ったよりあっさり言えてしまったものだなと心のどこかで思った。
どうしてもいやだったのだ。他に女がいる状態で、雅治を疑ったまま祝われるのは。
ほんとうは怖かったけど、その恐怖心は言葉とおもにどこかに散ってしまったよう。今は瞬間的に訪れた沈黙が痛い。

「……なして」
「………いつも実験だとかなんかいってるけど、怪しいよ。そんな匂いつけてたらさ。」
「なんで怪しいの」
「そりゃそんなあからさまに女物の香水つけてたら疑うよ!!雅治がっ……浮気してるんじゃないかって……」

核心に触れた。目に涙が浮かんで、手のひらが湿ってくる。
ここまで来たらすっぱり真実を告げてほしい。さっさと振ってくれ。ぎりぎりで首が繋がれているような気分になって苦しい。

すっと布が擦れる音がして、そっとほんのり暖かい温もりが頬に当たる。…雅治の手だ。暖かいけど、普通よりはすこし低い温もり。

「ぶん」

ゆっくりとその手が顔を上げるように誘導する。
目に入るのは少しにじんだ雅治の顔。鮮明に映ってはいなくとも、雅治がどんな顔をしているか分かった。

「何笑ってんだよ」
「ぶんちゃん泣きそうやね」

腹立つ。誰が泣かそうにしてんだよ!!
目元の滴が量を増してこぼれそうになるのが分かって、見られたくなくてその手を払う。
でも雅治の手はすぐに戻ってきて、俯いた私の顔を挙げさせてくる。涙を隠すことを許さない。

「もうっなんだよ……っ!!」

その動作も腹が立って口を開くと言い終わる前に塞がれた。唇で。
思わず突き放すためドンっと手を強く前に出した。
弾かれて雅治は小さく呻き、唇との間に僅かな隙間ができる。

「んぅ……!?」

次はしっかりと両手首を掴まれて、唇が重ねられる。その際に雅治がもってたプレゼントがソファにぽすんと落ちた。
深くなる口づけに、逃げようとする私が背中を預けるようにソファに沈んだ。そうなれば後ろにはさがれなくて追ってくる雅治の口づけを甘受するしかない。
雅治の舌がひとりでに咥内を暴き、強制的に私の舌に絡めてくる。
一方的なのになんだか私も頭がほわほわしてきて、少しだけ舌を絡めてた。
ああもうこんなことしてる場合じゃないっていうのに!

気が済むんだのか雅治はやっと私を解放し、私はというと巧みな口づけにちょっと理性がぐらついていた。

「ぶん、その袋開けてみんしゃい」

私によこしたそのプレゼント。包装されているせいで中身はまったく見えない。予想もつかない。
手のひらに乗せれば伝わってくるのは少し硬くて、軽いような軽くないようなちょっと微妙な質量。でも中身自体は小さい気がする。
わずかに張った心の琴線と先程の余韻が袋をあけようとする指先をおぼつかせたけど、一呼吸して腹を括って思い切ってリボンの結び目を解いた。

はらりと落ちるリボンと、開く袋口

「……え、」

ぱちくりと目を瞬いた。

「ぶんちゃんほしがっとったじゃろ?」

おもむろに取り出したそれ。
可愛らしい形に閉じ込められた液体。
ガラスに爪があたって小さくこつりと音を立てた。

雅治は私の表情に満足そうにこちらに身を乗り出し、私を抱きかかえて後ろからその中身が揺れる様子を見ている。

「香水……?」
「おん。あ、匂いなら大丈夫ぜよ。ぶんの好みに合わせとうよ」
「私……好きな匂いなんて教えたことないんだけど」
「……最近俺香水くさかったじゃろ?」

どういうことだ?
香水臭かったのは雅治が実験と称して女と浮気してると予想していたはず。

……んんっ!!!?

そこまで思い返して気が付いた。
雅治はわざと香水を身に纏って帰ってきて、私の好みを知るために『実験』をしていたと言いたいのだ。

「嘘はついとらん」

確かに、嘘はついてない。
ついてないけど……

「だからって浮気が許されるかぁあああああ!!」
「え!!浮気とかしとらんって!!?」
「じゃあなんで夜遅かったんだよ!誰の香水だよ!!」
「これは店のテスターでやっとったん!いろんなとこまわっとったから遅くなっただけ
!!」
「そもそもそんなことしてなんで私の好みがわかるんだよ!」
「ぶんが匂い嗅いだ時の表情とか距離の取り方とか見てたんじゃ!とりあえずクッションはおいてください!」

激昂した私は傷心用クッションを思いっきり振りかぶったが、雅治の力に負けて奪われてしまった。
それでもおさまらなくてぐっと握り拳を作ってこいつの胸に押し付けるように殴った。ゆるくだったからか雅治に対したダメージはなくて、そのままゆっくりと包まれた。
そうされると私の心は流れ通り単純で、怒りは半減、というか半分は悔しさと愛しさに変わってしまった。
そんな私をあやすように優しく抱きしめる。

「心配かけたんはわかっとる。ごめんな。」
「お前分かってたけど楽しんでただろ」
「やって俺愛されてるなぁ…っておもて」
「そうだよ、お前は愛されてんの。サプライズは好きだけど、こんな心臓に悪いサプライズは本当に勘弁してよ」
「すまん。でも愛は伝わったじゃろ?」
「……ビミョー」
「えー」

女だらけんところ恥ずかしいの我慢して回りまくったのにー、なんて言われても知るか。

「少なくともお前が期待するほどの愛は伝わってきてねぇよ」
「そりゃ残念じゃ……」
「だけど、」
「ん?」
「これから時間をやるよ」
「それは愛を伝える猶予?」
「そう。お前のせいで全然誕生日満喫してないし」
「手段は?」
「ご自由に」

そういうと雅治は妖しい笑みを浮かべて小さく笑った。

「こりゃ夜は頑張らんとのう」
「ばか、その前にご飯だよ。何か外で食べさせてよ」
「……色気より食い気」
「今更。そんな俺を愛してんだろぃ?」
「もちろん」

にっこりと笑ってキスをする。触れた唇は少し薄くて乾いている。
この感触好きなんだよねなんて思っているうちに私はやんわりとソファに寝かされていて、あいつの長い指がスカートから晒された太ももを這っていた。
すぐ出ていこうって思ってたけど無理そう。

あーあ、今日でさえ私はこいつに振り回されっぱなし。愛してしまったから、しょうがないと今は諦めておこう。



120429

遅くなってすみません。実にすみません。
書き始めから約25日。これはひどい。そして大学のことようわからん。
全然お祝いできなかったけど、大好きだよー!
ハッピーバースデーブン太!




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