それは急に起こった


「っかは…はっ…っぐ…は…」


いきなり胸が苦しくなる

服の胸元を掴みバクバクと動く心臓を抑えようと息を吸うが全く効果がなくて

違う
呼吸はまともに出来ていなかった

その事実に焦心し、冷たい汗が手のひらと背中に伝う

このままじゃ危ないと思いナースコールへ手を伸ばした


「っ…!…はっ…はっ…」


上手く腕が動かなくて指先が冷たくて…

ギリギリナースコールに手が届かない

体を動かそうにも思うように動かせなくて、それより息が苦しくて

頭が朦朧としてくる……


「ブン太!」


たまたま近くにいたのだろうか
それとも外に息音が聞こえていたのだろうか

扉を開ける音が鳴り直ぐに仁王先生が駆け込んできた


「ブン太大丈夫か!」


俺の手を握り背中を擦る


「に…ぉ…せん…せっ…」


息絶え絶えに名前を呼び、先生の体にすがり付く

白衣の裾を握りしめる手は驚くほど白かった


「喋ったらいかんぜよ」


そう言ってぐいっと体を少し押される

仁王先生がベッドの枕元にあるナースコールを押すために手を伸ばしたのだ

その後も仁王先生が何か言っていたがはっきり聞き取れないまま頭が更に霞がかっていく


そしてそのまま…意識が途切れた










気がついたら人工呼吸器をつけられていて、寝かされていた

今までなかったら機械がベッドの側に置いてあり、静かな部屋に無機質な機械音が響いている

腕には知らない点滴が繋がれていて少し痛かった


横をちらりと見ると少しだけ窓のカーテンが開いていて、その間から白い光が差し込んでいる

じっとその光を見ているとまた眠気が自分に襲いかかってきて

ガチャリとドアが開くが聞こえたけど瞼は少しずつ下がっていく

最後に撫でられた頭が暖かった











その日を境に発作を頻繁に起こすようになり、俺は日に日に手術の必要な体なんだと実感するようになった












「ごめん父さん、母さん。…色々と」

「何言ってんのブン太。こんなときに親に遠慮するんじゃないの!」

「遠慮、するつもりはないんだ…俺は生きるから。ただ、手間かけてごめんってこと」

「ブン太……」


今日両親が面会にやって来た

いつ発作が起こるか分からないから専用の医療機械はあれから常備されるようになったが、人工呼吸器は外された
ただ点滴が打たれているだけで発作発症時のように思わず目を反らしたくような姿を晒す必要はなくてよかった

やっぱり心配は出来たら掛けたくない
親はそういうところも遠慮するなと言うが子の気持ちとしてそういう心理が働くことを分かってほしい


「二人も…お兄ちゃんのこと心配してたわ」

「そっか……」


親だけでなく弟たちにも心配を掛けていて

もしかしたら赤也やジャッカル辺りにも発作が頻発しはじめている事が伝わっているのかもしれない

そう考えると申し訳なくて

きっと幸村くんもこんな思いになったのだろうか

仁王先生達も、家族や部員のように不安になったのだろうか

今頭を回るのは罪悪感で。


その後弟たちはいないが家族としての話し合いは終わり、二人は夕方には帰っていった










その日の夜は静かで、いつもと同じはずなのに自分の心境一つでこうも環境が変化したように感じてしまう

普段のようにベッドの電気をつけているのに心なしかいつもより暗く感じたり、秒針の音や点滴の落ちる音が妙に耳に入ったり

胸騒ぎしているような…焦燥感?みたいなものに自分の精神を支配されて


なんだか自分だけがこの病院に取り残されたようだった


寂しくて……少し怖くて

違う、きっと少しじゃない

でもそれを認めたくないだけ

認めたら、部屋の隅の照らされていない部分の闇に飲み込まれてしまいそうだと思った

悪化した心臓の病気は治すのにやはり手術が必要らしい

今までは薬で治療をしていたがいずれこうなることは予想してはいたみたい

しかしその手術はとても難しいらしく

俺の病気事態珍しいものらしいからしょうがないとも思えるけど……成功率はかなり低いらしい

あの時仁王先生が言った『絶対というわけではない』という言葉は…手術を前提にした言葉


あの時には手術の難しさや成功率を仁王先生は把握していたのだ


病気事態はこのままにしておけば確実に死に至る

ただ手術が失敗したとしたら、手術して間に合う時期より長く生きられる

言ってしまえば、賭け


でもそんなの、どちらに賭けるかなんて―――









コンコンッ


ノックの音が静かに響く

きっと鳴らしたのは、彼だ


「ブン太」


やっぱり


静かに扉を開け、入ってくる仁王先生

俺は彼を見つめた
先生にはどう見えただろう
俺の目が

弱気?

強気?

悲しそう?

怖がってそう?

決意に満ちてる?


仁王先生はその場から動かず俺を見つめかえす


―――そう、もう決まってるんだ


何らかの感情が籠めてそれを口にした






「仁王先生……












俺、手術受けるよ」
















110516




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