「え」


しまった、思わず声が出ていた
心の中でそうなってしまったことにくそ、と呟くがそれもまた口から出ていて

やっぱり調子狂うわーと赤に近い色の髪を乱れない程度にくしゃりと掻く

幸い回りには誰もいなくて、さっきすれ違って俺の後ろに伸びる廊下の曲がり角の先へと消えたチビとその子の手を引いた看護師さんがここを通った最後の人だろう

ここは病院
そして俺はその施設内に設置されている携帯使用区域へと出向いてきたわけだ
そこにはソファが設けられていて、いつもそこに座りながら学校のクラスメイトや赤也やジャッカル、幸村くんのメールを受信したり、都合が合えばたまに電話をしたりする
だがそのソファには先に先客がいた


「………」


この時間帯はソファに暑すぎない程よい日差しが窓から差し込み自分だけでなく、他の誰かが長時間座っていたらついうとうとしたくなる絶好の昼寝スポット
いつかに微睡みかけていたら、気がついたら目の前に仁王先生の顔があったりして悪戯が成功したような顔をされたのを覚えている

いやまぁ目の前にいるやつはそんな好条件じゃなくて、ましてやこんな環境が贅沢と言えるほどどこでも寝てしまうやつなのだが


「ん〜…それマジヤバイC〜」

「はぁ…」


今の言い回しで誰かわかる通り、すやすやと眠る金髪の青年…芥川慈郎
暢気に寝言まで言っているのがなんともコイツらしい

まず何でいるのか
普通に考えて誰かの見舞いに来ているのだとしたらお前はなんの為にここきたのか
怪我をしてきたのなら絶対世話係の向日か宍戸がいるはずだろうからそれはなし

ホントこう言うところは変わらない
中等部の頃から。
学校は違えど新人戦で目をつけられた頃からの仲
ボレーヤーとして互いに刺激しあい、ライバルとしてもリスペクトするべき相手としても対抗心を燃やして高め合ってきた

……だがやはり、こいつのこんなところはいつだって拍子抜けしてしまう


「相変わらずだな、ジロー」


ため息を吐いてその寝顔を伺う
が、名前を呼んだとき…ピクリと眉が動いた

まさか反応するとは思わず起きるかと意味もなく身構えてしまうが、ふるふると睫毛が震え僅かに瞼が開く
昔から変化のない眠気眼、がちらりと動き自分と目が合う
ドキリ、としが眠気が勝ったのだろう、再び瞼を閉じると安らかに寝息が聞こえてきた


「セー、…フ」


無駄に心臓がどくどくとする
起こさなくてよかったと安堵し携帯をポケットから取り出した時、


「丸井くん!!!??」

「うわぁ!!!??」


がばりと身を起こし大きな声を上げた目の前の彼の飛び上がり、手から携帯が滑り落ちた


「っと!」


しかしそれを床とぶつかる前に反射的に手に収めたジローは、丸井くん驚きすぎだC〜とけらけらと笑ってやがった

どっどっ…と強く心臓が収縮するのに手を当てながら怒鳴るように声をあげた


「びっくりさせんな!」

「ごめんごめん〜」


あんまり反省してないな、とニコニコとしている顔を見て確信する
俺も目をつけられてからそれなりに被害を被るが(まぁ楽しい奴だし好きだけど)、常に一緒にいるおさななじみ二人+他氷帝レギュラーの苦労ぶりはこんなもんじゃないだろう
(寧ろ俺の側にいた方が寝ないし言うことはまだ聞くしと言っていた。その分うるさいが)

つか病気が悪化したらどうしてくれるんだコノヤロウ


「んで?お前はどうしてここにいんの。昼寝しにきたわけじゃないだろぃ?」

「お見舞いに来たんだよー!」

「へぇ…向日がまたセールワゴンに突っ込んだとか宍戸があのスマッシュの特訓して怪我したとか?」

「違う違う!まぁがっくんは性懲りもなく突っ込んでたけどっ!」

「突っ込んだのかよ」

「うん、でも今回のお見舞いは……」


止まる言葉に首を傾げる
覚醒した目がにこりと弧を描くと、


「丸井くん」


とスッと指を俺の方に指した


「えー…」

「えーって!?嬉しくないの!?」

「いやだって嬉しくないことねぇけど寝てたじゃん。普通に病室くるより半減」

「でも睡眠時間削ってきたんだよ!」

「へぇ…」

「部活中の!」

「部活しろ馬鹿!」


テニスプレーヤーとしてダメだろと叱ると、うん…向日や宍戸に言われて通り効果絶大だったのかしょぼーんとしていた
あれ、こいつ落ち込むってことあんの!?


「ジロ君!?」


見たことのない悄気っぷりになんだかおろおろ
うわあ赤也が柳さんに厳重注意されて落ち込んだのをみて焦ってたジャッカルの気分が今わかったぞ
いつも元気でへこまないやつがへこんだら動揺半端ない、へこませた本人が!
「ほら、な…今度からは部活に集中しろよ。全国ん時弱かったら呆気ないからな!」


あれ、なにツンデレみたいなフォローの仕方してんだよ俺。
あんたが弱かったら俺がつまんないんだから!みたいな
いや誰と当たるかなんかわかんないけどそれ以前にまだ入院してるし

しかしそれを悪いようにはとらなかったようで


「そうだね、俺頑張るよ丸井くん!!」


と興奮したように言った
………え、さっきの悄気てたの嘘?って感じなんだけど

こいつのテンションの上下の仕方がわかんねー
あ、そういえばこいつAB型か仁王先生と一緒じゃん納得
あの時の謝罪はとりけそう、先生とは違う変さだ

どこか過去のことに思いを馳せているとくぁ〜と気の抜けた欠伸が耳にはいって。
俺といるのに欠伸って退屈ってことか?とにこやかにイラついていると


「おわっ!!?」


本日二回目のおどろき声


「お〜ま〜え〜〜!!」

「でも寝足りないから一緒に寝よ〜」


手を引かれボスッとソファに沈まされる
そして隣にジロー君
あー看護師さんとか近くにいなくてよかったぜ…いたら絶対怒られてた

気がつくと勝手に左肩を拝借され、頭を預けられる
そしてお休み三秒…


「…………」


もなかった……一秒?

も う ね てる !!

しかもこれまたすやすやと…ってコイツさっきまで寝てたじゃん!!

ジャッカルや赤也なら容赦なく隣から脱出してやる
が、


「…………はぁ」


慈朗の利き手の手のひらの潰れたまめを見やる

なんだかなぁ…


「あれだ、俺優しいから」


寝てばかりっていっても疲れるもんは疲れるからなぁ
きっと大会の向けての特別メニューに入ってるんだろう

いつもの癖、というか知らずのうちに慈朗の頭を撫でていた
弟たちにいつかしてやったように

……しょうがねぇ
ちょっとだけ肩かしてやるか……


「って目的忘れてた…」


まだメール受信をしていなかった


「……まぁいっか」


寝息と、自分に降りかかりつつある睡魔に諦めが出てきた。
いつだってできるしな…


「ふぁ…」


手に取ってみた携帯にアラームをかけて。

意識は眠りの淵へ………













「……………」

「おや仁王くん、」

「やぎゅー…」

「やぎゅ“う”です。ご乱心中ですか」

「そんなこと…」

「なかなかひどいお顔をされてますよ」

「…お前さんなんて嫌いじゃ」

「嫌われてしまいましたか。別に構いませんが。」

「………」

「男の嫉妬はなんとやら」

「………」

「………」

「やぎゅー」

「柳生です」

「ブンちゃんの寝顔可愛ええね」

「そうですね」

「ハッ!ブンちゃんの寝顔見んといて!」

「なんですかそれ」

「ブンちゃんの寝顔かっこ主に病室とかでこっそりかっことじる見てええのは俺だけやったなんに!!」

「取りあえずその顔なんとかしてください変態みたいですよ仁王くん」

「ってかこの隣の子誰じゃあああ!」






この五月蝿さにブン太が目が覚めるのはそう遠くなかった






110825
番外編!
ジローちゃん登場
そしてそんなジローちゃんに嫉妬する仁王先生
時期的にはまだ酷くなる前です



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