ブン太が手術受けることを決意してから数日


やはりあの日から発作が頻発するようになり調子がよくない時は酷い呼吸困難に陥ることが多々あった

経過はどうみてもよくはない

病気が彼を蝕んでいることは一目瞭然だった










「ブン太」

「丸井先輩!」

「……ジャッカル、赤也……」



病室の扉を開いたのは仲良しの二人だった


「またお見舞い来ちゃいました!」


にこりと笑う赤也

でもその笑みに、潜めた不安を見せないようにしていることがすぐに分かった

だけど明るく振る舞う彼に合わせこちらも笑顔で二人を迎える


「暇だったから丁度よかったぜ!んなとこ突っ立ってないで来いよ」


少しばかり動作が控えめになっている二人に手を手前に振って中に入るように促す

いつも通りな俺にほっと安心したような表情にやっぱり心配掛けてたんだな……と申し訳なくなるが、それを顔に出すわけにはいかない
それこそ彼らに気を使わせるだろうし

面会者用の椅子にジャッカル、赤也が座り重そうなテニスバックを横に下ろす

部活後で疲れているのに来てくれたんだろう

………そういえば最近ラケット触ってねぇな

母親に一度だけ持ってきてもらったけど、それ以来だ
あとは弟たちがテニスボールを持ってきてたのは二、三度ある

雑誌のような物は日々読んでたけど、テニス関係のものに直接触れたのはそれくらい

仁王先生や柳生先生ともテニスの話をするし…
携帯使用区域に行けるときは幸村くんともメールをする

でも改めて考えると、実際には結構テニスから離れてたんだよなぁ……

目の前の彼らの腕にはめられていて、俺の腕にはめられていない黒のパワーリスト

外した直後は腕が軽すぎて違和感があったけど、今となってはそれが普通で

再びそれをはめたとき、俺は前のようにつけたままプレイすることができるだろうか?


「ブン太」


名前を呼ばれ考えていたことを断ち、現実へと切り換える

声の主のジャッカルを見ると、少し心配げな顔をしていて

……本当、こいつにはいつでも世話になってたよな
悪戯したり、馬鹿したり、奢らせたり…
それだけじゃない試合に勝った時負けた時

こいつは相方として俺を支えてくれた


「最近、発作が酷いらしいな……」

「…まぁな。だけど俺がそんなんに負けるわけねぇだろぃ?」

「そうだな……」


強気な俺に苦笑するジャッカル

でも多分俺が強がってることも、本当は発作のときすごく苦しんでいることもバレてるんだ

伊達に小学校からの付き合いじゃない


「手術……とか、」


その横でポツリと呟く赤也
見ると彼は少しうつむいていた


「手術って…受けるんですか?」


感情が隠しきれていないその声音

ああ……やっぱり手術のこと知ってるのか

当たり前か
多分母親あたりにでも聞いたんだろう

別に言わないでほしかったなんて思ってはいない
自分から言うのは憚られるけど、ただやっぱり不安な思いはしてほしくないという思いはある

でも心のどこかで知ってて欲しいと思っているのだから……だからこれでいい


「うん。受けるよ」


はっきりと言葉にする


「そっすか…」


ちょっと籠り気味な声

そんな落ち込むなよ……まだ死ぬわけじゃねぇんだし
つか生きるために手術受けるんですけど?


「バーカ!!」


がしがしとその癖のある髪を撫でまわす

いきなりの行動に驚いた赤也がいつものように困ったように怒り出した


「ちょ!アンタマジこれ止めて!!」

「あぁ?お前先輩にアンタとか言っていいとか思ってるわけ?」

「止めてください『丸い』先輩!!」

「てめ、今わざと違うように言っただろ!!」


なんてやっているとジャッカルが止めに入る

ああ…いつも通りだ…

俺が赤也をからかうのも、赤也が俺に生意気なのも、ジャッカルがそんな俺たちを宥めるのも

ふと手を止める


「先輩……?」


不思議そうにこっちを見る赤也とジャッカル


「お前らにさ…頼みがあるんだ」


真剣な眼差しで言えば、二人も感じ取ったのか真剣にこちらを見返してきた


「関東大会まではお前らに任せるからさ」


一旦言葉を切る


「俺を全国に連れてってくれよ」


俺は死ぬようなやつなんかじゃねぇだろ?

絶対に戻ってくる
部活に、レギュラーに、あのコートに

だからお前らは心配せずに優勝することだけ考えろ

青学に負けるとかマジ許さねぇから


自分の言ったことにそう込めた

……想いが伝わったのか、二人は決意に満ちた表情で頷いて


「勿論!丸井先輩の出番奪っちゃうくらいやっちまいますからね」

「今更だな。お前はリハビリ頑張れよ?」


俺と同じく強気な二人にったりめーだ!と元気よく返す

信じてる
二人が、部員達が全国までの切符を取ってくれると

確信に近い自信が胸に宿っていて、それは自分にとっては心強いものだった

そのまま面会終了時間がやってくるまで暫く話し合った

時計を見てそろそろと立ち上がる二人

病室の入り口にまで移動した彼らに


「負けんなよ?」


と挑発

すると


「「ったりまえだろ?」」


そう振り返った二人の笑顔と背中は、とても逞しいものだった












「っはぁ…っはぁ…」

「ゆっくり吸ってー、吐いてー」

「んぁっ…はぁー…っふ…」

「大丈夫、焦らんで」


先生の言う通りゆっくりと息の吐き吸いを行う

呼吸困難になりかけたのだ

こうなるのも最近多くてまたか、と思うけどこの苦しさに慣れることはない

背中を撫でてくれたり手を握ってくれたり呼び掛けてくれたり

たまに耳に入らないことはあるけどそうしてくれるのはとても心強い

看護師や医師ってすごい

側にいるだけで力になれることもあるんだと、俺たちに教えてくれるんだから

次第に呼吸が落ち着いてき俺は少し荒い息を繰り返しながら


「今日、あの相方と後輩が来たんだ」


と仁王先生に言った


「俺を全国に連れてってくれるってさ」


そして二人のあの力強い目と、逞しい背中を思い出して嬉しくなりながら微笑む


「そっか」


細い指で俺の頭を撫でる小さく笑む彼


(気持ちいい……)


すると疲労がどっと押し寄せてきて眠気が体を支配する


「だから俺、頑張らなくちゃ……」


それだけいって満足してしまい、下がってくる目蓋

側の温もりが更に眠気を加速させて……


「おやすみ」


抗う力もなく、返事をすることも出来ず彼に凭れたまま俺は眠りに落ちてしまった


最後に、額に柔らかな感触を感じた










110519




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