ヴー…ヴー…ヴー……


「ん……」


静かな部屋に携帯が細かく震える音が控え目に、しかし存在を主張するように鳴る

わざと音を消した携帯のアラーム

聞き逃してしまいそうな微妙な音でも不思議とこんな朝は起きれた

それを手に取りバイブを消して、時間を確認する

6時2分……

自分を抱き締める恋人の腕を起こさないようにゆっくりと退けると、皺だらけのシーツから滑るように出た

ベッドの下に散らかる脱ぎ捨てられた服を拾い上げ、脱衣所へと持ち込む

洗濯機に放り込む際に鏡に映った自分の姿を見て知らずのうちに苦笑がもれていた

シャツを羽織った自分
きっとだぼだぼだから自分のものではないだろう

――縮まらない身長差

はだけた胸元と晒されている首筋


「……付けすぎ」


散らばる赤は彼の独占欲の強さを表しているようで

……何をそんなに主張したいんだか

だけど彼のモノと所有印をつけられるのは満更でもない

彼の匂いのするシャツも洗濯機の中へ入れ、自分はシャワーを浴びに浴室へと踏み入れた








「雅治」


髪は満足に拭いていない状態で、毛先に小さく滴がついている
ポタリと服に落ち、淡く色を変えていく


「シャワー浴びるだろ。起きろ」


ベッドの上で寝ている仁王をゆさゆさと揺さぶる
低血圧の彼の事だから、なかなか起きないのは承知済み
いつもならもう少しギリギリまで寝かせて上げるのだが、今日は二人とも一コマ目から入っているのだからここで起こさない訳にはいかない


「雅治ー」


手を止めずに呼び掛ける

んー、と低い声で唸っているのを聞くと、一応は起き始めているようだ

早く起きろと続けようとした時、いきなり手が伸びてきて自分の腕をつかんだ

そして引き寄せられ腰にも腕がまわる


「ブンちゃんいい匂いじゃー」


動いた反動でポタリとシーツに滴が落ちた

自分を抱え込み、髪へ顔を寄せる仁王


「お前もさっさとシャワー浴びろ」


そう言って彼の胸を押し素早く腕の中をすり抜けた

逃がすまいと掴まれた手と指に嵌めたペアのシルバーリングがカチリと音を立てる


「あんまりふざけてっと、本当に遅刻すんぞ」

「……それはやじゃ」

「なら早く」


ん、と言ってゆっくり立ち上がり脱衣場へ向かう

だるいならやらなければいいのにとも思うが、……まぁ、いいだろう

自分は朝食を作るためくるりとキッチンへと歩き出した








「あ、今日飲みに行くから晩飯ちゃんと食えよ?」

「おん。誰と?」

「おんなじ学部の奴らと…そういや柳生んとこ拉致ってくるって聞いたな」

「そ。まぁ柳生がいたら大丈夫そうやね」


ブン太は俺とも柳生とも学部は違う

だけど他の学部のやつと飲むぜ!と張り切った友人が柳生達を連れてくるらしい
医学部は女子がつれるし、まぁブン太自身もつりに使われてるわけだけど

それは気に食わないがブン太が女子に靡かないのは知っているのでそこは信頼

ただ……


「ちゃんと約束守るんよ?」

「ん」


ブン太がこくんと頷く
そして小指を絡め指切りをした

ブン太との約束
それはあの日を境にするようになった








「「「「かんぱーい!!」」」」

「丸井先輩マジ身長変わらないっすねー!」

「てめっ…一応伸びてんだよ!その分お前も伸びてるだけだっつーの!」

「赤也……ブンちゃんにそれは禁句ぜよ」

「おい仁王…」

「……わざと煽ってるよな」


当時の部活のレギュラーメンバーが集まり飲み会を開いた

赤也と幸村が日本に帰ってくる日に合わせ、久々の再会を祝う
二人ともプロテニスプレーヤーとして高校卒業後、海外へと出ているのだ

真田がまだ未成年の赤也が酒を飲むことに顔をしかめていたが、柳や幸村がそれ宥め今日だけということでお許しが出た

殆どの奴がそのまま立海大に入ってはいるが、学部が違うだけで会う頻度は極端に減ってしまって

柳生とブン太は選択講義で一緒のものがあるらしくたまに会うらしい

ともかくこの面子での飲み会は懐かしさと相変わらずの雰囲気がみんなの飲むペースを上げていったこともあり、かなり盛り上がっていた

終盤になり火照った体を少し落ち着かせたくて少しだけ席を外していてそこから戻った時だ

事件が起こったのは

ぎゃいぎゃいと赤也やジャッカルが騒がしい中、さっきまで一緒に騒いでいたブン太が一人静かにうつ向いていた


「ブン太?」


飲み過ぎて気持ち悪いのだろうか?
心配になって声を掛ける

ブン太は俺の呼び掛けにぴくりと反応した

ゆっくりと立ち上がりよろよろとこちらの近づいてくる
これはかなり酔ってるな

倒れる事を予測して手を伸ばした時――


「まさはる〜!」


っと勢いよく抱きついてきた

大胆じゃのう…と呟きながらも受け止める
それと同時に何か違和感があることに俺は気付いていたが、まぁこんなブンちゃんも悪くないといつになく大胆なブン太を嬉しく思っていた

だが、


「ん…!?」


なんといきなりブン太が口付けてきた

瞬間、違和感の正体にピンと来る

ブン太は部活メンバーの前では昔の名残か俺を名字で呼ぶ

しかしさっきは下の名前呼んだ……

ということは、ブン太かなり酔っているようで
目の前にあるブン太の頬は確かに赤く、先程まで後ろで赤也とジャッカルが飲み比べをしているのをみた限り俺がいない間に結構な量を飲んだみたいだ

まぁ今となっては周りはブン太の行動にびっくりして皆が目を丸くしている状況だが

勿論俺も例外ではなく


唇が離れるとブン太はふらふらと元いた席の方へ歩いていく
そして


「赤也ぁ〜」


と赤也の上に倒れ込んだ

そして赤也の顔に顔を近づけていく


「ちょ、先輩!?」


驚いた赤也が身を捻った際にブン太はバランスは崩し床に倒れそうになり、咄嗟に側にいた柳生がブン太を支える

が、


「比呂士……」


と柳生の首にガシッと腕を回し、また顔を近づけていく


「ま、丸井君!!?」


柳生が焦るが、首に腕を回されているため逃げられない

距離が縮まり、唇が触れそうになる

……って


「ブン太!」


自分がじっと見ててどうする!

恋人を後ろから抱き込み、腕を解いて引き剥がす

ギリギリのところで唇が触れる前に止めることが出来たようだ


「んー…雅治〜」


くるりと腕の中で反転して抱きついて胸の擦りついてくる
なんとも幸せそうな顔

…………人の気も知らないで

家に帰ったらお仕置きじゃ

なんて考えながら



「「「「………………」」」」



固まったこの空気をどうしようかとも頭の中で考えた










つまり、ブン太は酔いの許容範囲を越えるとキス魔になるのだ

彼との約束

それは“こんな風になるまで飲み過ぎないこと”









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