※年の差
女体化











ハジメテを経験したのは小学六年生の時だった。
世間では近頃は早くて小学生で経験するんだって性の乱れを嘆いているけど、私もそれの例外でないということに気付いたのはその当時じゃなくて、それから何か月たった時だった。
母がニュースを見ているときになんとなく口にした言葉。初体験はいつごろであったか。若者を対象にしたアンケートの結果が取り上げられていて、やはり予想通り初の性体験の年齢は若年化していて、避妊がなんたら性の正しい知識がなんたら。テレビという枠の中でコメンテーターは深刻そうな難しい顔をして何かを言っていた気がする。
それをぼーっと見ていた母は、私のつくったクッキーを食べながら最近の子はマセてるわねぇ。と苦笑気味につぶやいた。
ごめんねお母さん、実は私も、そのマセてる最近の子に入っているの。
そんなこと言えるわけもなく、もし言ったとしても母が怒鳴り声で私を責めるとは思わなかったけど、なぜだか隠していることに胸が少し痛くなった。幼いながらの無垢な罪悪感。母の横顔をまっすぐに見れなかった、十二歳の秋。

ハジメテのお相手は近所に住むお兄さん。四歳年上で、テニスが全国区で強豪校と有名な高校で、一年生ありながら早くもレギュラー候補だった。頭もよくて、かっこよくて、見た目はチャラそうなのに意外と真面目で、でも悪戯好きで変な人。お互いに小学生の時から知り合いで四歳も年の差があったけど、いつも一緒にいたような気がする。だって私は彼のことが好きだったから。だから、自分からかまってほしくてくっついていたのもある。中学の時から銀髪だったけど黒髪の時から私は知っているんだよ。これちょっと自慢。
でもこの年代の四歳差って結構大きくて、大人になればたいしたことないのに(実際芸能人だって十数歳差で結婚とかしてるし)、でもやっぱり私が小学三年生の時に彼は中学校へ、私が六年の時には高校へ上がっていっていやでもその差を思い知らされた。だから余計に彼に執着したし、放課後もほぼ毎日って言っていいほど彼の家にお邪魔した。今考えればお兄ちゃんはよっぽど大人だったに違いない。

そんなある日。

『セックスってなぁに?』

切り出したのは自分だった。いつものように彼の部屋にお邪魔して、苦手な算数の宿題を教えてもらって一息をついた時だ。
彼はちょっと驚いたような顔をしてから、困ったように笑った。きっとそういうことに興味をもつ年頃になったんだなぁ、って感心っていうの?してたんだと思う。
案の定興味はあった。ただえっちなこと、ということしか知らなくて具体的にはどういうことをするのかは知らなかった。小学生のわたしの想像の範疇を超えていたのが事実。
だから素直に聞いてみた。だけど彼はどこかあやすように笑うと

『子供のぶんには早いことじゃ』

それ小学生に禁句。本当だとしてもその言葉は煽るためのものでしかない。
例にもれず私はムッとして身を乗り出して彼に迫る。

『そんなことないもん!』

背は小さいけど、私は体の成熟は早くてまだ十二歳なのにそれなりに胸も膨らんでいたし、とっくに生理も来ていた。制服を着ていたら絶対に小学生には見えない自信があった。主に胸におかげで。
勢いよく飛びつき彼が私を受け止める。年の差と性別の差もあってあっさり受け止められた。でもそれが気に食わなくて不意打ちでどんっと彼を押せばうまくバランスを保てなかった彼は私と一緒に後ろに倒れこんだ。
馬乗りになる私。焦った顔の彼。

『どんなことするの?どうやってするの?子供だから早いっていうなら大人のしてること教えて私を早く大人にしてよ』

あざとかった。
だけど早く処女を捨てたいなんてそんな邪な気持ちなんてこれっぽっちもない。そもそもこのとき処女だとかそんな概念はあまりない。純粋に、彼と横に並びたくてまっすぐに彼を見つめた。
何かを考えている彼の色素の薄い瞳は私の目にとらえられている。視線を外してなんかやらない。
次の瞬間なにかが変わり、気が付けば私が床と背中合わせになっていて上にいたのは彼だった。

『怖くないんか?痛いかもしれんぜよ?』

何かを意図した言葉。でもそんなことない。不思議と恐怖は感じなかった。
私が怖気づいてあきらめるとでも思ったのか。

『どっちにしろいつかするんでしょ?』

なら今でもいいじゃないか。
私は微笑んだ。
怖くはないけど緊張はしているから、堅い笑みになったかも。

『…………』

沈黙。ベッドがすぐ横にあるというのに、床に転がる私たちを彼はどう見たのだろう。
そんな状況でも、反応が感じられなくてやっぱりだめかなって思い始めた。
ごめん、ちょっと調子に乗った。そう謝ろうとしたとき、ぐっと彼の顔が近づいてきた。
私の目を覗き込んでくる。

『後悔すんなよ』

そういった彼の声は低く、瞳は炯々としたものになっていて男というものをまざまざと見せつけられた。
まだ開かれていない私の中へと押し入ってくる。
ちいさな体で彼の欲望を受け止めるので精一杯だったけど、確かな満足感がそこにはあった。

自分の気持ちを打ち明けないままその時は終わった。
幼い理性なんてちっぽけですぐに崩れてしまう。そんなものが大きな快楽に対抗できるわけがなくて、むしろ夢中になってしまって彼の部屋を訪れては抱いてもらっていた。イケナイことをしているとか、オトナのすることをしているとか、年相応とは思えないスリルに中毒になっていたといっても間違いじゃない気がする。
彼も最初は抵抗があったみたいけど、行為が始まると結局は男と女で私の体を貪る姿にうれしくて欲情した。
今考えればほんとマセたガキだ。

想いは秘めたまま、この関係はずるずると中学に入っても時まで続いていた。言い換えると、その時にこの関係に終止符が打たれた。
ある放課後、自宅の前を通り過ぎて彼の家へ向かう。鞄をもったまま彼の家にあがるのなんてざらにあった。いつものこと。
でもその日はそれが間違いだった。間違い?違うかも、こんなふしだらな関係を終わりにできるきっかけを作れたのだから一般的に見れば正解なのかもれしない。
家に帰って鞄をおろして、携帯を確認していれば。
今とは違う今を過ごしていた。

彼の家を視界におさめ歩いていく。門から数メートル離れた地点についたとき、その彼が門をくぐっていくのが見えた。ちょうど帰りが重なったんだ、と心が弾むのがわかり駆け出そうとした瞬間、私の足は反射的にブレーキをかけた。
中へ入っていったのは彼ひとりだけじゃなかったからだ。彼と同じ学校(私の学校の高等部)の制服を着た女のひと。もちろん彼のお姉さんなんかじゃない。
中学生になればさすがに悟る…あの人が彼の彼女だということに。
ブレザーのポケットに手を突っ込んで携帯を確認する。予想通り、受信メール一件の表示。
『今日用事あるけん、来るんやったら夜においで』
十三分前にここに届いたメッセージは残酷なほどに心に突き刺さった。
中学生になればわかってしまう。ましてやそれを経験しているのだから。これから恋人同士がどのようなことをするかなんて。
身を隠すのに使っていた曲がり角の塀から背中を浮かせ、ふらつく足でやっとの思いで自宅の前まで移動する。視界がぼやけて、たまったものが零れ落ちてしまう前に玄関に駆け込み一気に自室まで走っていく。勢いを殺さずにベッドに突っ伏せばいろんなものが涙となってこみあげてくる。
目が熱い、心が痛い、でも頭は冷めている。勘違いに気付けるほどに。
思い上がっていたんだ。こんなにも身体を重ねていたから、当たり前のように抱いてくれていたから、彼も私のことが好きなんじゃないかって。
快感で思考が麻痺していた。だから都合のいい考えしかできなかった。

彼はコドモの私の我儘に答えてくれていただけなのに。
それは確かな失恋だった。

ほどなくして私と彼は会うことがなくなった。毎日のように彼の部屋に訪れていた私があの日を境にぴたり、と行くことをやめたから。
元々中等部、高等部で学校の場所も違うし二人とも部活に入っていたから放課後わざわざ会いに行くことがなければ接点なんて皆無に等しい。彼から離れることなんて簡単だった。何度か心配のメールが来たけど、そんなものはすぐになくなりあまりにもあっさりした終わりにやっぱりその程度かと空しさが広がる。
中学三年生のとき彼は大学生になって一人暮らしをするために家を出ることになり、もういろんなものが完全に終わったと直感した。でもそれはある意味救いだった。
しばらく彼の姿を見ることはなくなるだろう。初恋と、失恋の傷口がえぐられることがなくなるんだろうと。去っていく彼の姿を見て違う痛みに襲われて、おかしいな。
相も変わらず幼稚な自分は自分勝手だ。

そして現在、私は高校二年生。
数年前のことを無理やり閉ざしたはずの記憶を掘り起こす。時の流れというものは不思議で、鍵を閉めて鎖でしっかりと固めたはずの記憶の扉はもろくなってたやすく開くことができた。扉が開く際に軋み、懐かしさとちいさな痛みをもたらしたこと意外はなんてことない、『過去』だ。
なぜ今更になってこんな話を思い出そうとしているかというと、その話に関連していることが現在起こっているからだ。これでも半パニック状態。

「雅兄……」

たとえば毎年彼が実家に帰ってきていたなら。彼の家族が今年は帰ってくることをうちの母親にもらしていたらなら。
会わないように予測できたのに。
たとえば部室で友達を待っていなかったなら。私が寄り道をせずまっすぐに家に帰っていたなら。
道のど真ん中で鉢合わせになることを避けることができたのに。

強引に継ぎ接ぎにして塞いだ恋慕の傷跡は、どこからともなく解れはじめている。
そしてぷちん、と弾ける音を立てた。











120802
ずっとほっといたせいでどのような意図があったのか忘れかけてます。
続く……のかなぁ。続かないと意味わからんですね。




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