――アルバム
それは色褪せた記憶や忘れてしまった記憶をよみがえらせる様々な想いが閉じ込められた、ある意味その個人の、家族の歴史書と言えるものだ。
今はもう戻れない過去、もう会えない彼の人、残しておきたい思い出
それらを懐かしみ、同時に当時の思いを彷彿とさせる。喜びも、悲しみも、楽しみも、悔しさも、いつの間にか消えてしまっていたものを取り戻させてくれて、そして人に伝えることが出来る
それは俺にとって、そんな存在だ

いつかに仁王が家に泊まりに来た時、兄の友人(ほんとは恋人)がお泊まりということに興奮した弟たちが俺達兄弟の写真がおさめられたアルバムをドサドサと部屋に持ち込んできたことがあった。自分達のも持ってきたくせに俺のを真っ先に開く弟たちに、意外と俺愛されてんのねと思ったのを覚えている
小さい頃の、まるで女の子のような俺をみてにやにやと笑っている仁王にもちょっとイラッとしたので、軽く蹴りをかましてから今度お前のアルバムも見せろよなと俺はその時切り出した
だけどその時の仁王はむかつくにやにや顔から何ともいえない複雑そうな顔してから自嘲するように言ったんだ


『あんまええ思い出なくてな。出来たら思い出したくも見たくもないんじゃ』


その言葉に触れてはいけない物に触れてしまったような感じがした
主に家族の事情、とか
もしかしたら、幼少期のあまり写真がないのかも、とか
俺の親のように幼少期にたくさん写真をとる親もいればそうじゃない親もいる
俺は仁王の家族はお姉さんと弟くんしか会ったことないし、親のことは知らないけど、でも夜も結構自由に行動している仁王を不思議に思わなかった事はない訳じゃない
本当は仁王のことを何でも知りたいから何があったのかは深く聞きたかったけど、そうすることで仁王に苦痛を与えることになってしまうのならそれはできない
だから俺はそんな嘲笑うような顔を消したくて、他の話題を振った、はずだ

そして今日……、
俺は今仁王の部屋にいて、それが暴かれそうになっている


「ブン太くん、面白いものがあるんだけど、見ない?」


仁王のお姉さんが、仁王に買い物を言いつけて出ていったのを見計らってか控え目にノックをしてから部屋に入ってきた
その手には太い冊子のようなものを持っていて、如何にもアルバムというような身なりのものだった
その時のお姉さんの笑顔が仁王に似ていて姉弟だなぁ、なんてただ単に思っていたけど今思い返せば悪戯を企んでいる時の仁王の顔と似ていただけだったんだ。
まぁどっちにしろ姉弟だなぁで終わるんだけどさ

俺はあの時のせいでそれは見てはいけないもの、みたいなのがインプットされていて、でも実際に実物を目の前にすると興味がそそられてどうしようにも首は横に振る動作を拒んだ
ならば縦に動くしかなくてこくりとうなずくと彼女は笑みを深め俺の隣に座り込んだ
仁王に似た横があり、仁王の女性版がいるみたいでちょっと変な気分
それもすぐに興味の対象が開かれたことによってないにも等しいものになったけど

大きく硬い表紙をめくると、恐らく仁王と思われる赤子の写真が一番に目にはいる
パッ見る限り沢山の写真がこのアルバムには載っていて…なんだあるじゃん、と胸を撫で下ろす。勝手に心配して勝手に安堵しているわけだけど

ひとりでに気を取り直して他にも目をうつすと赤ちゃんの写真があって、次をめくると幼少期に入っていた
さっきよりちょっと育った仁王
まだ男の子か女の子か見分けがつかないくらいの幼さ。隣に目を写すとまたさっきより育った同じ子供の姿

まだまだ序盤なのに今までの仁王の成長が見れたような気がして心が弾む
お姉さんも声を弾ませて覚えている限りの当時のことを話してくれた
近所の人からよくお菓子をもらっていた、とか、小さい頃はよく泣いていた、とか
仁王とお姉さんは結構年が離れていたから、その時のことをそれなりにはっきりと覚えているらしい

たまに感じるけど、素の仁王は案外ぽわんとしてるところがあって天然というか、プリッとかピヨッとかその口癖の通り不思議ちゃんなところがあって小さいときはまさにそれだったらしい
小学校入学前にちょっとずつ今のように(ひねくれた性格に)なったとのこと
大人になったと喜んでいいのか悪いのか
それでもわくわくが大きくなるのが止まらない。目が動くのも手がページの端を持つのも早くなっていき、ページを捲る手が進む進む。

いくらか進んだとき、可愛いふわふわのワンピースを着た女の子の写真がありぴたりと手を止めた
お姉さんの写真だ
仁王といい、お姉さんといい仁王家の子供は小さい頃から端正なお顔だ
可愛い、とお姉さんに向ければくすりと笑いご機嫌な様子だった
隣のページにもその美少女と、その横にまた美少女が写った写真があって新たに写っている美少女は先程美少女よりも年が上なようでこの子は親戚ですか?ときくとこれは私よとの回答

何故かにやりとお姉さんは笑みを深くして


「これ、“雅治のアルバム”だから。」


と意味深に放った。
彼女の笑みを見る限り、何かを意図し発したワードであることは理解したのだけど…

そこで俺は小さな疑問というかと違和感が生まれる
仁王家には三人の子がいるが女の子はお姉さん一人しかいない
じゃあさっきの子が近所の子か親戚の子だったのか、と思ったけど今まで仁王一人か仁王と家族だけの写真しか入っていなかったからか、他所の子の一人だの写真が入っていることに違和感を持った
“雅治のアルバム”
自分の中で彼女の言葉を考慮して浮かんだ答えに、戸惑いながら一度は否定する。でもまたすぐに戻ってきた
でもお姉さんの顔はどこか楽しそうで、俺が困っているのをにこやかに眺めている

もし、もし、俺の考えが間違っていないなら、
彼女の言いたいことは……


「…えええ…?」


一人で写ってるのは、仁王のものしかない
ということだ
…例えそれが可愛いワンピースを着ていたとしても

うっそあれが仁王!!?めっちゃ美少女なんだけど…!!
心の中ではこんなに叫んでいるのに、現実ではなんとも情けない声をあげてしまったものだ
お姉さんの、ここに来た時の悪戯な笑みを思い出してそういうことかと思う
そして仁王の自嘲とあの言葉の意味も


「……なにしとん」


そこで聞きなれた声
どこか怒気の含まれたような声だ
顔をあげればコンビニの袋を片手に不機嫌そうな顔がそこにあった


「まー遅いからブン太くんが暇せぇへんようしとったんよ」


飄々と悪びれもせずいうお姉さんに仁王は顔をしかめたのを隠さなかった
だけど仁王は強くは言えない。だって仁王家の女は強いから
いつか仁王がいっていた


「あーもうええけん、はよ出ていって」

「えーもう少し解説してあげたいんだけど」

「勘弁してくんしゃい」


仁王は無理矢理に姉に袋を持たせ部屋から押し出し、何か言われる前に扉を閉めた
残されたのは俺と仁王のアルバム
それを仁王は視界に入れると、それを映したくないとでも言うように目を手でおおった


「まーくん小さいとき可愛いね」

「まじ黒歴史じゃ。最悪」

「いいじゃん可愛いんだから」

「俺は男やけん、ブン太と違って可愛い言われても嬉しくなか」

「てめぇ俺は言われて嬉しいと思ってんの」


まぁ容姿を誉められているのは満更でもないけど
仁王は過去のあの姿を見られたのがそんなに嫌だったのか、未だに機嫌を直さない。ちょっとだけ、怖い顔のまま


「……なんでそんな嫌なの」

「嫌なもんは嫌」

「俺は嬉しいのに」


なんだか自分の過去を隠したがる仁王に悲しくなる
そんな仁王にぽろりと口から溢れた

からかいの言葉だと思ったのか振り向いた仁王は眉を潜めていた、のに俺の顔を見るなり気の抜けた表情に変わった
多分俺が真剣な顔をしていたからだろう
戸惑いを滲ませる仁王の前でまだ広げたままのアルバムのページを指で撫でる
きっとこのとき、俺の中の愛しさとちょっとの切なさが指先からあふれたて、心がほわっと暖かく和んで自然と優しい眼差しになっていくような気がした


「仁王の、知らなかった事を知れて俺は嬉しい。」


まだ喋れなくて喃語言ってた仁王とか、ぽけぽけした表情の純粋な仁王とか、お母さんの趣味で女の子っぽくなった仁王とか、まだまだガキなのにマセ始めた仁王とか、今よりちょっとだけ背が小さくて髪が黒い仁王とか
直接目で見ることは叶わないけど、もう見れることがない仁王を知れることがとてつもなくうれしい
知らないままで終わっていたかもしれないことを知れてうれしい


「恥ずかしいかもしれないけどさ、最悪なんて言うなよ。それにこんなにいっぱい写真とってもらえる奴もいないんだから」


あんまり撮ってもらえてないなんて、考えてしまったことが馬鹿らしいくらいこの本には親の愛情が詰まっていた
勘違いも甚だしい


「なんて言ってみたけど、やっぱり俺は俺が知らずにいたかもしれない仁王の姿が見れて凄く嬉しい。だから親の愛情が一杯詰まってるこのアルバム好きになってくれたら俺はもっと嬉しいよ」


そういって仁王を引き寄せて首で腕を回しそっと口付ける

上手く自分の思っていることを伝えられているかよくわかんないけど、今あるのこの感情を表せなくて、無かったことにしたくなかった

だから、どうしても伝えたい言葉を、目を見て心の奥まで届いて響いてくれる事を願った


「仁王、生まれてきてくれてありがとう。そして、おめでとう」

「、」


瞬間、仁王は目を見開いて何かいいかけたけど、そのまま口を閉ざし呆れたような照れたような、いや、両方が混じった顔をした


「おま、……知っとったんか…」

「当たり前だろぃ。」

「なんじゃろ…この悔しい感じ」

「素直に喜べよ」


言葉の終わりと被るくらいに自分の携帯のバイブが震えて、細かく床とぶつかり合って音をあげた
ぱっと手元にそれを引き寄せて俺は携帯の窓に表示されたメールの差出人を確認すると内容は見ずに立ち上がった


「仁王いこうぜ」

「?どこに」

「パーティー会場」


は、と反射的に出た様子の仁王に構わず彼の手を引っ張っていく
突然の展開に仁王は普段はなかなか見られない顔をしているのが面白くて仁王の部屋を飛び出して階段を掛け降りる速度も早くなる
廊下を曲がる途中驚きの声が上がってまた面白いものが見れたような気分になってテンションがひとりでに上がる
ついでになぜ驚いたかと言うと俺達は玄関の方向へとは逆の方に曲がったから

そしてリビングと廊下を隔てる扉の前までくると、仁王を前に押し出して開けるように促した
中からは大人しく出来ずにそわそわしているのだろうか、小さな物音が聞こえる
すぐにそれはなくなったけど、静かなのに雰囲気に落ち着きがなく騒がしい
それに仁王が気づかないはずない


「うそん」

「こんなときに嘘ついてどーすんだよばか」


仁王は珍しく緊張したような面持ちをしていた
隠しているつもりだけど隠せていない、というのも自己認識しているらしく苦笑い
俺も微笑んでから、早く開けろと促した

細くて大きな手は、ゆっくりとドアノブを掴み、そして扉を開くために押した







「「「「HAPPY BIRTHDAY!仁王!!」」」」








けたたましいクラッカー音と飛び散るテープと紙吹雪の中で嬉しそうに微笑む仁王もまた、あのアルバムにのるだろう






111211


遅くなってしまいすみません
というかごめん仁王!
当日はケーキを買ってちゃんとお祝いしたからね!
なんというかこう、生まれてきたことに感謝、というのを目指したのですが意味がわからないものになってしまいました。実に申し訳ないです

4ヶ月しかない15歳を味わって下さい!(四月リセット)
誕生日おめでとう仁王!





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