あーあ、早速目をつけられてやがる
まぁ自業自得って言えばそれまでだけど

放課後の部活のためジャージへと着替えるためにあけた自分のロッカーの扉の横から見える二人の表情は、一つはダルそうにもう一つはうげっと言いたげで冷や汗をかいている


「はい」


顔を見なくても分かる、部室に入ってきたばかりのそんな二人の前に立ちはだかる我らが部長、幸村君はすっげー満面の笑みを浮かべて二人に一枚の紙と何かが入った黒い袋を差し出した
どう考えても面倒事を押し付けられているのは一目瞭然で、他の部室にいるメンバーはそれが当然とでも言うかのように助けの声をかけることもない
ただ黙々と自分の部活準備をし続けるだけである


「………なん?」


差し出された物たちをしかめっ面で見てから幸村くんに問いかける仁王
いやそんなこと言ったって大体のことはわかってるくせに


「今日二人朝練遅刻したでしょ?だから特別メニュー。この地図の場所にマーカー引かれた通りに走ってこい」


そしてこの道具の用途は中に書いてある紙があるから。着いてからのメニューはそれを見ろ、あ、あと着いてからみること。わかった?
と、有無を言わせず一気に並べ立てた幸村君


「早く着替えな」


そして振り返った幸村くんは予想通りにこにこと微笑んでいて肩から掛けたジャージを翻し近くにあったパイプ椅子に座った

………幸村くんのいった事に逆らえるやつなんてそういない
そんなこと解りきっているので助け船を出そうともしなかった他の部員達は、ただ二人に哀れみの視線を投げ掛けるだけだ

残念だったな、頑張って幸村くんにいいように使われてくれ
なんて思っている俺は薄情者なのか

元はといえば遅刻してくる方が悪いのだ
しかも常習犯な二人…仁王と赤也がこうなることはある意味決定事項だったのかもしれない

未だににこにこと着替え中の二人を見張るように眺める幸村くん

………頑張れ二人、逃げられないのも決定事項だ









しゃらしゃら……

なんかさっきから外から何かがすれる音が聞こえる
紙?みたいな…軽いものが擦れるような音

部活が終わりまた部室
汗が染み込んだジャージからシャワーを浴びてから制服に着替え、もうそろそろ帰ろうかななんて思った頃

そういえばあの二人がまだ帰ってなかったことに今気づきやっと帰ってきたのかなんて思っていると疲れきって力のコントロールが出来なくなったのだろう、勢いよくドアが開いた

乱暴な音に柳生が良くない顔をしたのを視界の端におさめながらドアの方を見る

そこには…


「笹?」

「お帰りくらい言ったってくれたってよかよブンちゃん?」


汗だくになっている仁王と赤也と、二人の身長より少し高い笹があった

ぎりぎり部室の天井に当たるか当たらないかの高さの笹が、入り口に先端を曲げられながら中に入ってくる


「ちょ、この地図通りいくとすっげぇハードだったんスけど……」


まだ熱いのだろう額に汗を馴染ませた赤也が疲れきったように笹を持ちながらいった


「ほう、やはり遅刻の罰には最適なルートだったか。今度から理由なく遅刻するとこの特別メニューをやらせたらどうだ精市、弦一郎?」

「うむ」

「そうだな」


それを聞いてあからさまに嫌そうな顔をする二人

しかしそんなのを気にするはずもなく幸村くんは部室の机の上にとある箱を奥とぱかりとそれを開けた


「七夕ですか」

「うん、もう6月下旬だからね。願い事書くのもそろそろかなって」


箱の中を覗き込みなるほど、と柳生がうなずく
中身といえば穴の空いた四角く切られた色とりどりの短冊とそれをつけるための紐、そして切り紙のように繊細で切り込みが沢山入った折り紙の飾りが入っていた

きっと飾りは幸村くんが作ったに違いない
その飾りは伝統とかそんな堅苦しいものではなく芸術を感じるほど


「みんな願い事書いて吊るしなよ。……ほら、そこの二人もぼーっとしてないでその汗臭いジャージから着替えたら?」


二人から笹を奪って言う部長様は飾りを次々と付けていき、緑色しかなかった笹は彩りを得て華やかになった

それぞれが筆記用具を持ち願い事を考える
っても…ひとつ目にみんな考えること一緒だけどな
しかしその願いは幸村くんが持っていた短冊にもう書かれていて、一番乗り笹へと吊り下げられる


「みんな最初に考えることは一緒だろ?だから俺が書いておいたよ」


だから、これ以外で書くように
そう伝えると、幸村くんはもう一枚自分の願い事を書きはじめた


「うーん、何にしようか迷うっス………」


さっさと着替えを終えた赤也が短冊を手に悩んでいた
……しょーもないこと考えてそうだな

なんて思っていると柳もそう思ったのか


「本来七夕に書く願い事は手習いや技芸の上達を願い書くものだぞ赤也」


と言った
マジっすか!?と驚く赤也

ついでに俺は知ってたけどな(辞書引いたらたまたま七夕祭りのことが書かれてるページがあってそれで。)
だけど欲望に正直なのでそれに倣って書いたことなんてあんまりない

やっぱり書くとしたらあれしかない、とペンを動かそうとしたときにゅっと肩に重さがかかる


「ブンちゃんは妙技の上達って書くん?」

「まー普通はそうだろな。お前は?」

「……ペテンの上達?」

「なんか物騒な願いに聞こえるな」


仁王が両肩に腕を掛けて覗き込んでいたのをやめるとすっと重しがなくなる
重って呟くとうん、ブン太背ぇ低いけん腰曲げんといかんかったから俺も辛かったと言われたので奴の足を軽く蹴っておいた
こいつ俺に喧嘩売ってんのか(てゆーか俺中学生の平均くらいなんだけど。だけど周りが高いせいで背低いキャラになってるし…理不尽だ…)


「じゃあ手練手管上手くなりますように?」

「いやいやそれも微妙だから」


つーかそれだと『コート上の』詐欺師じゃなくてただの詐欺師になる

なんて会話をしているうちに自分の短冊を書いてしまい飾りにいき、すでに真田や柳、幸村くんに柳生の願い事がぶら下がっていることに気付いた

名前を書いていなくても達筆ぶりだとか字癖とか、匿名性はあまりない
それ以前に内容を見るだけで何となく誰かがわかってしまう
そういう俺も願い事だけで誰かわかるんだけどさ

すると仁王が書くために左手にペンを握ったのをみてその後ろ姿に近づく


「何書くんだ?」

「ペテンも手練手管もイマイチみたいじゃからのう…なら一つしかなかと」

「で?」

「ブンちゃんを気持ちよ――「やっぱりペテンが上手くなりますようにって書いとけ」……。」


最後まで言わせない
ブンちゃんのためじゃのにーと呟いたこのアホに回し蹴りを一発いれて置いた
んな技術上達短冊に書こうとすんな!

そんなこんなでみんな二、三枚も願い事を書いてしかも結局自分の好きな願い事も書いたりして…笹をみると大量の短冊がぶら下がっていた


「何だかんだでみんな好き勝手書いたな」

「目標も煩悩も多いんですよ」

「違いないな」

「たるんどる…!」


笹を満足げに、飽きれ気味に見つめる


部活のこと

自分のこと

はたまた日々の平和を望む願い事


そして――


王者立海 全国優勝! 『レギュラー一同』


「これは叶えてもらうんじゃない、叶えるんだ。俺達が」


そして皆一様に頷く

今となっては切ない思い出なのかもしれない
だけど、その時のみんなの声は、今でも耳に残っていた












(そのあと)


「ブンちゃん」

「何」

「一枚しか願い事書いとらんかったね」


珍しいと呟いた仁王にうっせと返す
自分が我が侭なところがあるのは知っている
だからって願い事を一つしか書かなかったことでそんな珍しいがられるのは心外だ
確かに前までなら遠慮なくかいてたけど!


「俺の願いはお前に叶えてもらわねーと意味ねーの」

「え、何何?」


あ、このにやにや顔むかつく


「内緒」

「えー?」

「って言ったらヤる時に絶対言わせるよな」

「勿論」


当然という顔をした仁王


「でも内緒」

「なん?それ誘っとんの」


にやりと笑う彼に挑発的な視線を返す
肯定もしなければ否定もしない
そうとなると…


「じゃあ遠慮なく」

「遠慮はしろ」

「無理」


遮光カーテンの小さな隙間から夜空が覗く

この季節夜が遅くなっているけど空はもう暗く、星が浮かんでいた

願いを叶えるのは星ではない


『ずっと一緒にいたい』


ずっとなんて、無理に決まっている
そんな甘く切ない痛みを胸に抱きながら6月のある日
短冊に書かなかった願いを心に秘め、星の海の彼方の二人より一足早く、俺達は愛を確かめあった







短冊では叶えられない願い




だからって気休めに願わないってことはないんだけど





110712

きっと続く



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