『あー……』
いつものように弁当を作るために朝早く起きた時にはもう雨は降っていて、しかも小雨とかそんな生易しいものじゃなくて、これは無理だな、なんてちょっと陰鬱な気分を胸に抱いていたんだ
あの灰色の雲と、水浸しの道路と…どこぞで溢れ返っている川を思い描きながら
「そういえばさ、今日の朝すっげぇ下の弟に泣かれた」
窓際に隣接するベッドの上で何をするでもなく後ろから抱き締められる俺と抱き締めている仁王が時間の経過をただ感じていた
交わす言葉もなければだからといってこの空間を嫌なわけでもない
落ち着く背中の体温と自らの部屋の匂いと彼の匂いに包まれていた
「へぇ?」
窓に軽く雨が打ち付ける様をぼーっ眺めていた俺がふと言った言葉に先を促すような返答
窓の外は家を出たあとも学校にいるときも変化はするものの雨が止むことはほとんどなくて、結局晴れの空を拝むことなんて出来なかった
曇る空と今朝の弟の表情を思い出し、ああもう純粋な心って忘れていくもんだと少し寂しく思えた
「『織姫と彦星は会えないの?一年に一回しか会えないのに』ってさ」
残念、実は去年も雨が降ってたからもう今年で二年あってないんだよ
なんて事実言えるわけもなく、いくら天才だからって世の中の摂理だとか自然の流れを動かせるわけでもなくこりゃどうしようもないと足に抱きついてくる弟をあやした
この雨の量からみて天の川も大洪水であれば弟の涙も大洪水
この日の雨を催涙雨と言うらしいが……なるほど、弟は見事に涙を催されたよう
今となってはもう諦めたのか幼稚園でみんなと一緒に先生に励まされたのか最初こそ窓の外を眺めて残念そうにしていたが上の弟と一緒にゲームでもして楽しんでいる
一度騒いだらそっちにのめり込むその幼さから、窓の外が少しずつ強さを増していることに気づいて悲しそうな顔をすることはないだろう
「ブンちゃん……泣かんで」
突然の言葉にドキリとする
「は?泣いてねーし」
「やけ目が潤んどる」
「まだ泣いた内にはいんねーよ」
まさか今ごろ渡れもしない川の対岸に愛しい人を夢見る二人に自分らを重ねてみたらちょっと泣きそうになった、
なんて絶対に言わない
その目元に滲む滴の正体に気づかれたことで、じわりとまた微量の熱が生まれる
ヤバイ、なんて耐えていたのに後ろが動く気配に振り替えった瞬間その勢いに片頬に何かが伝った
「ほら泣いとる」
眉を下げて俺の頬に手を添えた仁王に
「お前が泣かせたんだよ」
口を尖らせるとまだ何もしとらんと苦笑が降る
「泣かんでブンちゃん」
熱い何かがまた頬をなぞる
でも先程とは違いそれは仁王の舌で
涙が舐めとられ目の小さな熱が身体に熱を灯すのを感じ、あ、と思った瞬間には視界が反転してベッドに押し倒されていた
ちゅ、ちゅ、とリップ音を立て項や肩口に微熱を煽るキスを落とされ、抱きすくめられて
「バカ、下に弟いるって」
とりあえず形だけの抵抗
「大丈夫じゃろ。こん雨じゃ気づかん」
窓に打ち付ける雨は激しく、確かに音は遮られるだろう
でも……
「ぁっ……やめ、」
熱い吐息にも欲情した声にも妖しい笑みにも勝てるわけにもないのに抵抗したくなるのはなんでだろう
キシリとベッドが軋み、こんなあってないような抵抗は淡く消えていくのが分かった
催涙雨
ごめんね二人とも
二人が会えなくなった雨に忍んで俺達は愛逢います
110708
友達曰くこちらのほうは去年も雨