▼ 04

「メイリン!浴槽に水を張れ、フィニ!氷を出せ!出来るだけ多くだ、早くしろ!」

遠くで聞こえたのはそんな騒ぐ声。執務室で仕方なく自分で手紙の選別をしていた時だった。また何かしでかしたのかあいつ等め・・・。

紅茶もなく朝食さえない。空腹を満たすセバスチャンの美味しいスイーツ、上手に淹れた紅茶、調理されたメニュー。それが朝から手元に届かないのだ。
「腹減ったなぁ・・・」
だけどあんなに怯えた我が愛しい犬を見た事がない。初めて見る顔、震えるて、同様して泳ぐ瞳。そんな彼に色々と注文をつけて文句を言うのは今日は気が引ける。これ位の空腹位、いつものようにトントンと扉をノックして入ってくるセバスチャンを見るまでは、我慢しておかなくては。
「この手紙は・・・」
シエルが一通の手紙に着目して、封筒を破く直前の事。

ノックも無しにタナカが入って来たのだ。
「坊ちゃん、大変です」
「ノックしろ!・・・またあの三人が何かしでかしたのか・・・」
ため息混じりにそう愚痴ろうと思った矢先。シエルの次の言葉をタナカが遮った。
「緊急を要します、セバスチャンが・・・・」




「廊下は走らないで下さい」と、人差し指を上に上げて自分に注意するセバスチャンを思い出すが・・・今はそんな場合ではない。ドスドスと足音を響かせて、セバスチャンを抱えたバルドが浴室へ向かう。
指先から腕、二の腕、背中と腹部、腰元に熱湯をかけて大火傷を負った。
暫く動けないで、身を丸くうずくまってしまった彼を抱えるにも躊躇する。無事な部分を見分けるのに、しばし時間をかけてしまったのだ。大変な事になったと、慌てて水道をひねって水をいっぱいに出したものの、冷やす手段が見つからず、大声でメイリンとフィニを呼ぶのにも時間をかけてしまった。
こんなロスは許されないのだが、全てが完璧な彼がこんな事になるとは思いもしなかったのだ。
大急ぎで浴室にやってきたバルドは、そっとバスタブの中にセバスチャンの身をゆっくりと沈める。
「冷てーぞ。さみーかも知れねぇが我慢してくれよ」
「うぅ・・・っ、んぅう・・・」
やべーな、と心の中で呟きながら、次はどうしようかと懸命に考えている時、シエルが浴室に辿り着く。
「何があった!?」
「セバスチャンが調理中の鍋ひっくり返して、身体にぶっかけちまったんス・・・」
きゅっと口元を結んで痛みに耐える忠犬を見て、いても立ってもいられなくなったシエルは、気が付けば氷が浮かぶ冷水の中に両腕を突っ込んでいた。
「後はボクがやる。お前達は医者の手配を!」
後はタナカに任せる事にした。こういう事態でも、いつもの調子で対処してくれるのが彼の強みだ。その落ち着いた判断力を大いに頼るしかない。それしか道はないのだ。
「坊ちゃん・・・」
呼ばれて気が付く。薄く瞼を開いて、小さい、とても小さくてか細い声で呼ばれていた。
とても辛いのだろう、とても痛むのだろう、それでもこいつは主の心配をする奴なのだ。
「医者の手配をした、そのまま喋らず黙っていろ」
「凍えます・・・坊ちゃんの腕が・・・れい、水です、よ」
「黙っていろと言った」
腕を沈めて肩を持って抱きしめて、冷水に浸り濡れる額に優しくキスを落とす。これしか、彼を静かにして、安心させる術がない。こういう時、自分の非力さを痛感させられる。
権力があっても、目に見える力はないのだ。こういう時程、もっと強い力をもてたら・・・と思う。
思い知らされる。


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