▼ 03

頬に当たる小さな刺激が何度もあった。

はじめは雨でも降っているのかという本当に小さな小さな刺激で、逆に心地よいような。そんなまどろみの中にいた。

「セバスチャン!!」

主の声でハッとする。強い衝撃のような一喝のような声。いや、意識がハッキリとし一気に目を開いて、硬い床の上に倒れているのだと分かった時には、見渡すと使えぬ使用人と主、タナカの皆に囲まれていると理解する事が出来た。
「う・・私・・・は」
「まだ動くな、もう少しだけじっとしていろ」
シエルの制する手に従い、頭部を起こしかけたがそれを止めた。


鏡の向こうに潜んでいる魔物に犯された。


身につけているものは乱れていなかった。生まれて初めてだ、夢を見る等。それも、気持ちの悪い悪趣味なものだったなんて。
「坊ちゃん・・・」
「何だ?」
「あの鏡、廃棄処分して欲しいです」
ぎゅっと、手を握り締めるとセバスチャンも握り返した。


身を起こす最バルドに支えて貰った以外は自分で身を安定させ、落ち着いた後にそっと立ち上がりそっと頭を下げて静かに消えた。
シエルはセバスチャンの言葉を脳内に残して何度も蘇らせる。

――何があった、セバスチャン・・・。


時刻は朝だった。時刻は大幅に進みこれから昼に差し掛かる所。こんな時刻まで意識を飛ばしていたのも生まれて初めてだった。まだ頭がぼーっとする。あの夜の忌まわしい記憶が己をきつく結び上げてしまうのだ。朝食は間に合わない、昼食に侘びを込めて力を入れ、調理しようと慌てて身支度。

あれから何があった?
「オイ」
腰や下半身の痛みも少し残っている。
駄目だ、全く思い出せない。
「オイったら」
なんて弱くなってしまったんだ、自分は。
「オイ・・・オイったらよう・・・オイセバスチャン!!」
バルドの大きな手が肩に置かれる。とっさに、忌まわしい記憶とそれが重なった。
「ひィっ・・!!!」
大きな恐怖、引かぬ鈍痛、背後に迫る強烈な畏怖。――――消え切らない闇の色。

ビクリと身を強張らせて、反射的に振り向いた瞬間だった。振り向きざま、火にかけてグツグツと煮えたぎるスープの大きな鍋に思い切り当たった。バウン、と鉄と骨が当たる音と、そしてバルドの声とやっと我に返った直後、気が動転していたせいで思うような対処が身体を動かさない。鍋が重心を失い床に落ちる。それが腹部と背中にかかってセバスチャン自身も床に倒れこんだ。
そこらへんにまとわりつくように篭る熱い水蒸気と熱湯が、塵のように散った。

「セバスチャン!!!」


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