▼ 01
鏡はエントランスホールに置かれることになった。
骨董屋で見た時の奇妙さは消え、エントランスのいいアクセントになり再び鏡は人々を映すいいアイテムと変わったのだ。シエルも満足し、使用人達も見事な額縁と濁りがない鏡面に見とれている。
「これで、一際ファントムハイヴ邸内が豪華になりましたね、坊ちゃん」
「そうだな。セバスチャン、茶を淹れてくれ」
「おやつの時間までにはまだお時間がありますよ」
「鏡に映った伏せ目の執事を見たら、紅茶が飲みたくなった」
「はぁ・・・そうですか。畏まりました、準備して参りますので坊ちゃんは執務室へお戻り下さいませ」
「ん」
使用人達を仕事場へと散らした後、セバスチャンはシエルの為に紅茶の準備に取り掛かる。鏡の前を通り過ぎた折だ。ゆらりと、奇妙な歪みを見た。・・・ような気がして立ち止まり、数歩下がって再び己の顔を映す。
何もない、只の気のせいのようだ。見間違いと判断し、特に気にもせずセバスチャンも自分の仕事に戻る。
その夜。
誰もが寝静まったのを確認し、邸内を見回る折セントラルホールへと確認しに足を運ぶ。秋に差し掛かり肌寒くなってきているので、この時間帯は空気がひんやりとしているのだ。外も虫のしんしんとした鳴き声が心地良く、朝露に塗れる薔薇を思うと気分が上がる。嗚呼、彼女が濡れてしまうのは気になるが、その時は自分がタオルで身を優しく拭いてやればいい。
そんな事を思いつつ鏡の前を通り過ぎた時。
自分の顔が微笑んでいるのを見た。
確かに今自分は笑っていた。
彼女を思い浮かべている時は心が弾むのだ。だが違う、そんな温かみのある笑みではない自分を見たのだ。説明しにくいが、今見た笑みは、その時を思う笑みではなく、違う感情の笑みだった。例えるなら、微笑んではいるがとても冷たく、まるで氷のようなそんな感覚の・・・・。
「・・・・?」
セバスチャンは再度鏡にそっとキャンドルを差し向ける。
今自分は不審に思っている。顔は笑っていない筈だ、自分と同じ顔で同じ服装だが違う自分がそこに映っているからだ。
――綺麗な顔をしているんですね・・
鏡の自分はそう言っていた。
シュン、と素早く身を後方に退かせ、何が起こっているのか必死に思考をまとめようとする。鏡の周りは黒い霧に包まれ、その霧に触れてはならないと咄嗟の動物的本能で壁に背をつけた。
カツン、と足音が聞こえた。鏡を包んだ黒い霧の中で。
誰かが歩いてくる、黒い霧の中なのでシルエットが見えない。誰かが歩み寄る、姿も気配も分からない。
「誰です」
そう問いた時、フフ。と口の中で笑うこもった声を聞いた。霧の中から腕が伸び、バン!!と壁に手を突く相手は自分と同じ目線に立つ。
「愚問ですね」
そう相手は答えた。
自分の前にいたのは、紛れもない
「私はあなたです」
セバスチャン本人だったのだ。
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