▼ 11

鏡の世界と現実世界は、反転して繋がっている。シエルが右を歩けばこちらは左を歩かなければならない。ガラス張りの店に手を突くと、向こうに反映された。手袋を脱いで、ガラスにもう一度手を突いたら自分の手形が浮かび上がる。向こう側に。
だけどこれだけでシエルが自分に気がつく事はなかった。
泊まった屋敷を出て、シエルは一度自分の屋敷へ戻る。セバスチャン無しで。ガラス、水溜り、窓、鏡、そういう反転するもの、光を反射して裏の世界を映すものにしかシエルが見えない。一緒に歩いて、一緒についていって懸命についていっても、永遠に触れられない距離が出来てしまったのだ。
シエルは一人考えていた。今までの事を一つ一つもう一度思い出して、考え直してパズルのピースとして大きな額縁の中に一つずつ埋めてゆく作業に取り掛かる。
浴槽の床は、水が全体に広がってくまなく濡れていた痕跡があった。以前ファントムハイブ邸に古い鏡を飾った際、セバスチャンはその鏡を嫌っていた。
「共通するものは反射するもの・・・・」
浴槽全体に広がった水も、水溜りに映る背景のように、全体を鏡のようにして何かしらの現象があったに違いないのだ。

実はシエルは一つ有力な手がかりを得ていた。
それは、セバスチャンが火傷を負った事故が起こる直前に読んだ手紙。

とある教会に収められている古い鏡には一つの言い伝えがあるのだという。
大昔何かしらの出来事があった家に残されていたその鏡は、どんな人間でも解決できない難題があり、已む無く教会に収められたのだという。教会に収められ、暗い地下室へ封印されるかのように丁重に何重にも包装された鏡。

最近その教会の神父が死んだ。

そして鏡が消え、現在行方知らずだという。外の人間が鏡を持ち出し、魔の力が込められたそれの封印が解かれたとしたら。自分が購入を決め屋敷内に飾った時、すでに魔の鏡がセバスチャンを狙い、襲ったのだとしたら。
「今僕ができるのは・・・その魔の鏡を見つける事か・・・・だとすれば情報が必要だな。今のままでは色々な情報が足りなさ過ぎる。もっと絞り込めるキーワードが欲しい」
だとすれば行く場所は一つ。情報屋だ。
「おや。今日は一人かい?」
葬儀屋はいつものと同じ調子で、怪しい雰囲気をかもし出しながら骨の形をしたクッキーを一つ頬張った。ビーカーに出された茶や、柩だらけのこの異様な空気はいつもなら引くほど感じるのだが、セバスチャンがいない今二の次だった。その異様さをひしひしと感じて引く気分に浸る時間さえも今は惜しい。
「なるほどねぇ〜〜〜・・・悪魔の鏡の情報が欲しい訳か」
「悪魔の鏡?」
葬儀屋は含み笑いを見せながらポツポツと話し出した。シエルは早速鏡と関係あるそれの詳細を求める。
「そう。その鏡は曰く付きでねぇ〜。何でも、とある家族の娘が悪魔憑きに悩まされてしまったらしくてねぇ。悪魔祓いを呼んで娘を助けたはいいんだけど、悪魔祓いは一つとんでもないミスを犯してしまったらしいんだよ」
「とんでもないミス?」
「ちょっと待っていておくれね。今書物を持ってくるよヒヒ・・」
今日は素直に自分の要求した事をベラベラと話してくれる。一人きりになったシエルはそれが気味悪い。逆に嬉しいのだろうが、今日の葬儀屋はいつもと少し違うので警戒の表情をして待機した。
数分後ゆっくりとやってきた葬儀屋は、いくつかの書類をテーブルに置いて数枚横に置き「あぁこれこれ」と言ってニヤリとする。
「さっきの続きだけどねぇ・・・・悪魔祓いの男は悪魔を払うのに失敗してしまったらしいんだ。娘は解放されたんだけど、悪魔はその部屋に飾られていた鏡の中に入り込んでしまったらしくてねぇ。悪魔祓いがその鏡に近づけば、今度は別の部屋の鏡へと移動して、奴は鏡の中で逃げ回ったんだ」
「それで最後はどうなった」
「悪魔祓いが試行錯誤の結果、一つの鏡の中に閉じ込めて、別の鏡に移動できない工夫をして悪魔を回収したらしいよ。そして彼らはその鏡を何重にも包装して光が届かない真っ暗な地下室へ保管し、悪魔の封印に成功したんだとか」
「成程・・・それが悪魔の鏡か」
「そう。だけど最近神父が殺されて、挙句の果てには鏡の封印も説かれ・・・悪魔が解放されてしまった」
「あぁ」
「一つ言っておくと、詳細を読む限りこの悪魔は鏡から鏡へ移動が可能らしい。悪魔祓いの力のせいで鏡の外には出てこられないらしいんだけど、これが逆に厄介だ。そこに鏡や夜の窓ガラス、雨上がりの水溜りなんて場所にも移動が可能で、獲物が来るのをじっと待っている」
「・・・・鏡から鏡の移動の対処法はどうすればいい。悪魔祓いは別の鏡へ移動できない工夫をして、一つの鏡にそいつを収めたと言ったな」
「うん。方法は一つ。とてもシンプルだ・・・悪魔を収めたい鏡や鏡のようになるもの全てを、真っ黒に塗ってしまえばいい。逆に疑うかい?だけどこれで、悪魔払いは悪魔の移動を阻止して見事封印成功に至ったんだよ」
葬儀屋の言う阻止法に、彼の言う通り一瞬疑ったが落ち着いて考える。
「光を入れないように・・・か」
「その通りだよ伯爵。流石だねぇそうなんだ。鏡がものを映すのは光になるものがそこに入り込むからだ。だから、闇色にして何も映らないようにすればいい。そういう事だ。そしてチャンスは、いつも夜にやってくるんだよ」
「だが夜になれば、ろうそくに灯した光が窓ガラスに映れば窓ガラス自体が大きな鏡になる」
「それは方向感覚とか、自分で何とかするしかないねぇ。ところで伯爵、君はその鏡をどうしたいの?」
「・・・・・鏡から、悪魔を解放してこの世界に引きずり出したい」
「え?」
シエルの言葉に、葬儀屋は驚く。しかしシエルの目はいつものように、いつもと同じく真っ直ぐに一つの軸が刺さっていた。


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